スタンフォードとハーバード、起業家輩出でも競合
米国の大学は起業家の輩出でもしのぎを削っています。代表格はスタンフォード大学とハーバード大学で、スタンフォード大学が誇る起業家といえばラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏。両氏はスタンフォードで出会い、在学中にグーグルを立ち上げました。
ハーバード大学では古くはマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、比較的新しいところではフェイスブック(現在のメタ・プラットフォームズ)を創業したマーク・ザッカーバーグ氏がよく知られていますが、ともに中退しています。
アジアからの留学生も多く、楽天を立ち上げた三木谷浩史氏はハーバードでMBAを取得しました。そして、東南アジアの配車アプリの運営会社として幅広く事業を展開するグラブ(シンガポール)の共同創業者、アンソニー・タン氏とタン・ホイリン氏もそろってハーバード・ビジネススクールで学んでいます。
「ふたりのタンさん」はともにマレーシア出身。兄妹または夫婦と間違えられる場合が多いようですが、血縁関係はないそうです。アンソニー・タン氏は2009-11年にハーバード・ビジネススクールに在籍し、2011年にMBAを取得しています。
マレーシアの実業界ではサラブレッド
ときは2010年に配車サービスというビジネスモデルを引っさげて米ウーバーが登場し、快進撃を続けた時期に重なります。将来の起業を夢見ていた同氏がウーバーのビジネスに衝撃を受けたのは想像に難くありません。
アンソニー・タン氏は生まれからして自動車に縁があるようです。実家はマレーシアの自動車大手で主に日産車の組み立てと販売を手掛けるタンチョン・モーターの創業家。現在の社長は父親で、兄が2人いますが、マレーシアの実業界では生粋のサラブレッドといえる存在です。
ふたりのタンさんは留学先の米国からマレーシアに舞い戻った後、グラブタクシーを立ち上げ、まずはタクシーの配車アプリ事業に乗り出します。2012年にマレーシアでサービスを始めると、その利便性が高く評価され、周辺諸国に事業を拡大。わずか4年でマレーシアに加え、シンガポール、フィリピン、インドネシア、ベトナム、タイの約30都市にサービス網を広げました。
サービスもフードデリバリーや食品の配達、決済など多角化します。生活の利便性向上に結びつく機能を集めたスーパーアプリへの道をひた走っているようです。
資金調達では2014年にソフトバンクから2億5000万ドルの出資を受け、中国の配車アプリ大手の滴滴出行からも出資を仰ぎます。グラブは短期間でユニコーン(企業評価額が10億ドルを超える非上場のスタートアップ企業)に仲間入り。米調査会社のCBインサイツが算出するユニコーンの評価額ランキングでは、米中の有力スタートアップに割り込み、東南アジア勢としては珍しくベストテン入りを果たします。
出口は米国上場、SPACとの合併でナスダック上場
ユニコーンのグラブが出口に選んだのは、2人の創業者にとってなじみのある米国市場への上場でした。しかも米国預託証券(ADR)を通じた上場ではなく、特別買収目的会社(SPAC)との合併を経たナスダック市場への上場です。SPACとの合併を経由した上場では過去最大級で、上場日の時価総額は346億ドルに達しています。
ただ、2021年12月という上場のタイミングは悪かったようで、2022年に入ると、株価が大きく下落します。テック株が売られる中でグラブ株も売りの対象となりました。
一方、事業に目を向けると成長が続いています。進出先はカンボジア、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの東南アジア8カ国に増え、合わせて480都市で事業を展開。食品や日用品のデリバリー、タクシーやバイクの手配、オンライン決済や資産運用などの金融サービス、遠隔医療などにも手を広げています。
業績は上場後初の通期決算となった2021年12月本決算で売上高が前年比44%増の6億7500万米ドルと急成長しました。流通取引総額(GMV)は29%増の160億6100万米ドルです。
GMVの内訳は食品や日用品などを配達するデリバリー部門が56%増の85億3000万米ドルでした。新型コロナウイルスの感染拡大を背景に外出が規制されたり、買い物を自粛したりする動きが広がり、需要が一段と増加したようです。
金融サービス部門のGMVは22%増の45億9100万米ドルです。この部門ではオンライン決済、保険仲介、資産管理の手数料収入のほか、融資サービスを通じた金利収入で売上高を立てています。
法人サービス・新規事業部門はGMVが3.5倍の1億5300万米ドルと急成長しました。法人サービスでは広告のグラブアド、新規事業では航空機・宿泊予約などを提供しています。
一方、配車アプリなどの移動部門はコロナ禍の行動制限が響き、GMVが14%減の27億8700万米ドルに縮小しました。コロナ前の2019年12月期との比較では半分以下に落ち込んでいます。
一本足打法から脱却、スーパーアプリに転身へ
コロナ禍はグラブの移動部門に大打撃を及ぼしましたが、配車アプリという一本足打法から脱却する契機にもなったようです。2021年12月期には月間取引ユーザーの56%が2回以上、有料のサービスを利用するなど生活に欠かせないアプリとして定着してきました。
さらに金融サービスの強化も進めており、東南アジア最大の通信会社シンガポールテレコムと共同でデジタルバンクを設立しました。シンガポールで営業ライセンスを取得し、マレーシアでもデジタルバンクのコンソーシアムに参加しています。
配車アプリを出発点にスーパーアプリへの転身を遂げられるのか。今後も東南アジアの有望株の動きを注視したいと思います。