新興国は成長株の宝庫!?

第5回:SMインベストメンツ(フィリピン)「福建華僑の立志伝」

福建華僑が一代で築いた企業グループ

前回のこのシリーズでフィリピンの代表的な財閥としてアヤラ財閥をご紹介しましたが、今回はSMグループを取り上げます。SMグループはアヤラ財閥と対照的です。アヤラが長い伝統を誇るスペイン系の名門財閥であるのに対し、SMグループは中国福建省からの移民、ヘンリー・シー氏が一代で築き上げた華人系財閥です。


1958年にマニラの下町で開業した小さな靴屋「シューマート(ShoeMart)」が出発点で、この店の頭文字が現在のグループ名になりました。ビジネスは小売事業、ショッピングモールの建設・運営、不動産開発、銀行、観光など多岐にわたっています。


グループの屋台骨を支えるのが小売事業とショッピングモールの建設・運営事業ですが、こうした事業の発展はフィリピン人海外出稼ぎ労働者(OFW)の存在を抜きに語れません。


産業が未発達で国内に割のいい就職先が乏しいフィリピンでは、海外に職を求める人の割合が高いことで知られています。国も海外就労を奨励しており、海外雇用庁(POEA)や海外労働福祉庁(OWWA)といった関連省庁が出稼ぎ労働者を手厚く支援しています。


英語が堪能で、家族のために3K労働をいとわないフィリピン人は海外でも重宝されています。女性は香港やシンガポール、中東などで家事労働者として就労するのが代表例で、男性は船員をはじめ、油田での作業員などとして働くケースが一般的なようです。


出稼ぎ労働者は稼ぎの一部を家族に送金しており、フィリピン中央銀行のデータによると、2021年の送金額は前年比5.1%増の314億1800万米ドルに達しました。名目国内総生産(GDP)の8.0%に相当する水準です。送金額はコロナの影響で2020年に前年比で減少しましたが、すぐに復調し、2021年に過去最高を更新しています。


「宵越しの銭は持たない」気質?

海外からの送金を手にした家族・親族はそのお金をどうするかというと、悪びれもせずに使ってしまうケースが圧倒的に多いようです。フィリピン人には「宵越しの銭は持たない」気質の人が多い印象で、コロナ前は家計消費の増加が経済成長率を押し上げていました。


海外からの送金で購買力を持った人々の需要の受け皿になったのがショッピングモールです。休日には、大家族でショッピングモールに出掛けてレストランで食事をし、スーパーマーケットで買い物をする人々の光景を至る所で目にします。


SMグループは海外からの送金が喚起した消費ブームの波に乗って成長しました。不動産子会社のSMプライム・ホールディングスがショッピングモールを建設し、別の子会社のSMリテールが運営するデパートやスーパーマーケットがモールの中核テナントとして入居するのが典型的なビジネスモデルです。


ショッピングモールのオーナーであるSMプライム・ホールディングスはテナント料で収益を上げ、SMリテールは小売事業で売上高を立てています。ショッピングモールに集客力のあるテナントを集めれば小売業への波及効果が期待できるため、グループを挙げて魅力的なテントを誘致しているようです。


小売業の岩盤規制、法改正で大幅緩和

フィリピンの小売業が厳格な外資規制に守られてきた点もSMグループには追い風でした。例えば百貨店の伊勢丹は早くから海外進出に積極的で、東南アジアではシンガポール、マレーシア、タイに出店しましたが(すでに一部では撤退しています)、フィリピンには進出しませんでした。もちろん購買力や政情などが判断材料になったと思いますが、岩盤規制も外資の進出意欲を削いだとみられています。


ちなみにその代わりではないですが、フィリピンに「Isetann」という庶民派デパートがあるのは日本人駐在員の間では有名な話です。最後の「n」がひとつ多く、「アイセタン」と読むそうです。



その小売事業の外資規制は2022年の法改正で大幅に緩和されました。すでに盤石ともいえる地位を築いたSMグループは短期的には揺るがないとみられますが、フィリピン経済のパイが大きくなれば、将来的には外資の進出が脅威になる恐れもありそうです。


SMリテール、多様な形態の小売事業を展開

SMグループの持ち株会社、SMインベストメンツの2021年12月期の年次報告書をみると、売上高では小売事業の存在感が大きいです。SMリテールの売上高は3039億ペソで、日本円に換算すると7300億円を超えています。


店舗数はデパートのSMストアが68店、SMハイパーマーケットが52店、SMスーパーマーケットが61店、スーパーマーケットのセーブモアが214店、コンビニのアルファマートが1207店です。SMリテールはまた、ファーストリテイリングとの合弁事業を展開しており、フィリピン全体でユニクロ68店(2022年10月末時点)を出店しています。



一方、不動産開発のSMプライム・ホールディングスはショッピングモールと住宅、商業施設などの複合開発である「ライフスタイル・シティ」21カ所、ショッピングモール78カ所、オフィスビル13カ所、住宅不動産80カ所、ホテル9軒などを保有しています。ショッピングモールではマニラ湾の埋立地に開発したSMモール・オブ・アジアが世界有数の規模を誇っています。


時価総額の上位3位、グループ企業が独占

グループを統括するSMインベストメンツとSMプライム・ホールディングスはフィリピン証券取引所の上場企業です。フィリピン証取の代表的な株価指数はフィリピン総合指数ですが、構成30銘柄の中で最も時価総額が大きいのがSMインベストメンツで、第2位がSMプライム・ホールディングスです。


ちなみに第3位はSMグループ傘下の銀行で、国内最大手のBDOユニバンクです。SMグループの創業者、ヘンリー・シー氏はフィリピン証取で1-3位を独占するような企業グループを一代で築き上げたのです。


福建省で生まれ、12歳のときにフィリピンに渡ったヘンリー・シー氏は2019年に94歳で亡くなりました。経営自体は典型的な福建華僑のファミリービジネスで、長女や長男を中心に子どもたちが現在の取締役会を支配しています。


ヘンリー・シー氏が93歳まで会長にとどまっていたこともあり、SM リテールの会長で、SMインベストメンツの副会長である長女のテレシタ・シー・コソン氏は70歳を超えています。60歳以下の取締役がゼロという点も問題で、経営陣の若返りが今後の課題になるかもしれません。

中国株情報部

島野 敬之

出版社を経て、アジアの経済・政治情報の配信会社に勤務。約10年にわたりアジア各国に駐在。 中国株二季報の編集のほか、個別銘柄のレポート執筆を担当する

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