中国株、あのテーマはどうなった?

【中国株、あのテーマはどうなった?】第2回 株式市場となじみきれない「軍民融合」

株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第2回は「軍民融合」です。


2015年から10年間は「軍民融合の黄金期」のはず・・・

前回の「一帯一路」に続いて、またも中国の四字成句スローガンです。経済や科学技術、教育、人材など幅広い領域で人民解放軍と民間企業の融合を推進し、軍の近代化と経済成長の達成を目指す政策です。もともと提唱したのは前国家主席の胡錦濤氏でした。2009年7月の中国共産党政治局第15次集体学習で、軍民融合式の発展を堅持し、小康社会を建設する過程で「富国と強軍の統一」を実現すると表明したのです。しかし中国共産党の指揮下にある人民解放軍は、傘下に幅広い業種の企業を抱える軍産複合コングロマリットという側面があり、その利害に切り込むことには強い抵抗があったようです。


「軍民融合」本格化させたのは現職の国家主席、習近平氏です。15年3月に開かれた全国人民代表大会で、習氏は人民解放軍代表団全体会議に出席し、軍民融合発展戦略の実施を宣言しました。当時の中国証券業界は沸き立ちました。「これまではコンセプトにとどまっていたが、これからは多くの施策が打ち出される」との期待が高まったのです。


実際、15年4月、つまり習氏の宣言の翌月には、たたみかけるように工業情報化部と国家国防科技工業局がそれぞれ具体的措置を発表しました。いずれも軍事関連領域への民間企業の参入促進に重点を置く内容でした。証券業界の代表的なメディアである『中国証券報』は当時、「軍民融合発展の“黄金期”が始まる」と書きたてました。



恩恵を受けるのは国有軍需企業

軍民融合には、大きく分ければ「軍転民」と「民参軍」2つの側面を持ちます。前者は軍需関連企業が利用している軍事技術の民間転用を指し、後者は民間企業が先進技術を生かして国防建設に参画することを意味します。このうち、中国の証券市場やメディアが注目したのは「民参軍」。武器や装備の開発・製造について民間企業の参入制限が緩和され、軍需企業が民間資本を受け入れる「資本融合」が進むとの論調が広がりました。


ただ、これまでのところ、軍民融合の進展を背景に中国の株式市場に成長力の高そうな軍需株が登場して投資機会が広がる・・・というような株式投資家が思い描いていた発展が実現されたとは言い難いようです。これにはいくつか理由があります。まず、結局は以前から軍需を手掛けていた国有企業のプレゼンスが大きく、民営企業が参入する余地があまりないという問題です。


17年の時点で中国の証券会社は、軍民融合から恩恵を受けるのは「民参軍」関連ではなく、中央企業(中国の中央政府が管轄する国有企業)との見方に転じていました。『東方財富網』(eastmoney.com)にある「軍民融合概念株」の現在のリストをみると、時価総額が大きい関連銘柄は順豊控股(002352)、中航瀋飛(600760)、三一重工(600031)、中国船舶工業(600150)、中航光電科技(002179)、中航西安飛機工業集団(000768)などです。このうち社名に「中航」が付く4社はいずれも中央企業の中国航空工業集団(AVIC)の傘下。中国船舶工業はやはり中央企業の中国船舶集団(CSSC)の傘下です。



民営のホープは順豊控股と三一重工、業績への貢献に疑問符

宅配大手の順豊控股と建機大手の三一重工はどちらも民営企業です。それぞれ物流、建設の面で軍の活動を後方支援する役割が担えるでしょう。事実、順豊控股は17年10月、人民解放軍空軍後勤部と軍事物流体系の構築で長期協力することで合意しました。しかし、2社の2021年12月期財務報告には「軍民融合」はおろか、軍需への言及も見当たりません。業績への貢献は限定的とみてよいでしょう。


証券会社の「軍民融合」注目銘柄リストに民営企業が入っていない、という訳ではありません。ただ、今後の成長に期待できそうな目新しい銘柄は小粒という印象です。興業証券主任ストラテジストの張憶東氏は22年8月、投資機会に注目すべきA株(中国本土株)のセクターとして、新エネルギー、人工知能(AI)と並んで国防を挙げました。ただし、「軍民融合、民参軍のニッチ領域における大手」だと付記しています。こうなると注目とされる銘柄は深セン証券取引所の「創業板」など新興企業向け市場に上場されていることが多く、現時点では日本を含めた海外在住の個人投資家には取引できません。


市場は米国による制裁リスクを警戒

投資家にとっていっそう悩ましい問題は、軍民融合テーマの関連企業が米国の制裁対象になるリスクです。軍民融合のおかげで事業が拡大した、利益が伸びた、となったとたん、米国での事業や資金調達が阻害されかねないわけです。すでに中国航空工業集団は、米国防総省の「コミュニスト中国軍事企業」に指定され、米財務省の「中国軍産複合企業リスト」に収載されています。これにより、安全保障への脅威を理由に、同社や子会社が発行する証券に対する米国人の投資が禁止されることになります。


米国政府は軍民融合に対する見方を、国務省のファクトシート「軍民融合と中華人民共和国」で明らかにしています。冒頭、「軍民融合は攻撃的な中国共産党の国家戦略である。その目標は中華人民共和国が世界で最も技術的に進んだ軍隊を発展できるようにすることにある」と述べています。その上で、「中国共産党はその戦略を実施するため、自前の研究開発努力だけでなく、世界の最先端技術を取得して流用(盗用も含む)することで、軍事的優位の達成を目指している」と主張しました。標的になっている技術は量子コンピューター、ビッグデータ、半導体、5G、高度な原子力技術、航空宇宙技術、人工知能(AI)です。この文書が公表されたのはトランプ前政権時代の20年5月ですが、依然と米国務省の公式サイトに掲載されているところをみると、バイデン政権も同じ見解とみて間違いないでしょう。

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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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