GAFAはグーグル(上場会社はアルファベット)、アップル、フェイスブック(現在はメタ・プラットフォームズ)、アマゾンの頭文字をとったものです。この4社がデジタル経済の覇者となり、株式市場に君臨しています。GAFAは未来を見据えて挑戦を続けているようですが、盛者必衰は世の常。GAFAの次に備えるのもいいかもしれません。
セキュリティーソフトの代名詞的な存在
このシリーズでは上場してから日が浅い企業をご紹介するケースが多いかと思いますが、今回取り上げるのはベルリンの壁が崩壊する前、1989年6月に上場した企業です。前身の社名はシマンテック、現在の社名はジェン・デジタルです。
シマンテックはコンピューター・セキュリティー・ソフトウエアの代名詞ともいえる存在で、特に個人向けのディスク修復ソフト「ノートン・ユーティリティーズ」やウイルス対策ソフト「ノートン・アンチウルス」はロングセラーの定番商品として知られています。
ただ、リーディングカンパニーといえど業界内の競争は厳しく、経営難にも見舞われました。ジェン・デジタルはシマンテック時代から頻繁に事業の買収や売却を繰り返しています。
主力のロングセラー商品「ノートン」も実は企業買収で手に入れたプロダクトです。もともとはシマンテックが1990年に買収したソフトウエア開発会社ピーター・ノートン・コンピューティングの商品でした。
古くからの利用者であれば、ワイシャツにネクタイ姿で腕まくりをして腕を組んでいる男性のパッケージ写真を覚えている方もいるかもしれません。この男性がピーター・ノートン・コンピューティングの創業者、ピーター・ノートン氏だそうです。
バランスよく成長、13年3月期が売上高のピーク
シマンテックは、「ノートン」を中核とする個人や自営業向けのコンシューマー部門だけでなく、法人向けのセキュリティー&コンプライアンス部門、法人向けにストレージ管理などを提供するストレージ&サーバー管理部門がバランスよく成長し、2013年3月期に売上高のピークを迎えます。
ただ、2015年に情報管理ビジネスを売却して債務の一部を整理し、2016年に個人情報盗難対策サービスの米ライフロックを買収したのは、今から振り返れば大きな変動の予兆だったのかもしれません。
法人向け事業を売却、ノートンライフロックに社名を変更
そして迎えた2019年、シマンテックは法人向け事業を半導体大手の米ブロードコム(AVGO)に107億ドルで売却します。「シマンテック」ブランドも売却したため、社名変更も余儀なくされました。残された消費者向けのパッケージソフトウエア事業の主力ブランド「ノートン」と個人情報盗難対策サービスの「ライフロック」をつなぎ合わせた新社名、ノートンライフロックで再スタートを切ったのです。
ノートンライフロックの売上比率は個人向けのセキュリティー事業が約6割、個人情報盗難対策サービスが4割でした。法人向け事業を手放して開いた穴を埋めるのは至難の業で、2020年から2022年にかけて売上高はじりじりと伸びますが、一気に増えることはありませんでした。
ただ、この間も企業買収には余念がなく、2020年12月にはアンチウイルスソフトを開発するドイツ企業、アビラの買収で合意します。買収額は3億6000万ドルです。
そして2022年にはチェコの首都プラハに本拠を置くアバスト・ソフトウエアとの合併に乗り出します。アバストは無料のサイバーセキュリティーソフトの大手で、利用者数は世界で4億3000万人超。個人向けセキュリティーソフトの大手同士の合併だけに英国の独禁当局による厳格な調査などの曲折もあったようですが、2022年9月に吸収合併が完了します。取引額は80億ドルを超えたと伝わっています。
世界中の利用者数が5億人規模
この合併を受け、2022年11月には社名をノートンライフロックからジェン・デジタルに変更します。法人向け事業の売却からわずか3年で再び社名を変更し、世界中の利用者数が5億人規模に上るサイバーセキュリティーソフトの巨人として再スタートを切ったのです。
アバストは「AVG」ブランドでも無料のサイバーセキュリティーソフト事業を展開しています。吸収合併の結果、ジェン・デジタルは「アバスト(Avast)」「アビラ(Avira)」「AVG」という「AV」(antivirus:アンチウイルスを意味するようです)で始まる3種類の無料セキュリティーソフトを傘下に抱えることになったのです。
「ノートン」は無料体験版がありますが、通常は有料で、金額に応じて機能や期間が決まります。無料のサイバーセキュリティーソフトは目の上のたんこぶどころではなく、最大の脅威と感じていたはずですが、アビラを買収したときも「Avira by Norton」といったブランド名にせず、「ノートン」を前面に出すことを控えました。
現状ではアバストやAVGにも変更を加えず、そのまま事業を継続するようです。もちろん無料版をなくすような暴挙に出るはずもありません。アバストなどが無料版を取りやめれば、利用者はほかの無料セキュリティーソフトに流れるだけで、ジェン・デジタル全体の利益になるとは考えられないのです。
アバストは無料でも高度な機能を提供するとされていますが、さらにセキュリティー機能を高めた有料サービスに誘導するビジネスモデルを持っています。無料で集めた膨大なユーザーの一部を有料サービスに鞍替えさせる戦略を継続するとみられています。
セキュリティーソフト御三家に再編の波
セキュリティーソフトの世界ではかつて、「ノートン」のシマンテック、「ウイルスバスターズ」のトレンドマイクロ、「マカフィー」のマカフィーが御三家といわれ、シマンテックは前述の通りの経緯をたどりましたが、再編の波に巻き込まれたのはシマンテックだけではありません。
マカフィーは2011年に半導体大手のインテルに買収されます。一時はインテル・セキュリティーに社名が変わり、コーポレートカラーも従来の赤からインテルの青に変更されるなど完全に組み込まれますが、2017年にはインテルが支配株主から外れ、投資会社のTPGが株式の過半を握ります。
社名とコーポレートカラーが元に戻り、2020年10月にナスダック市場に再上場を果たしますが、再編はそれで終わりませんでした。2021年には法人向け事業を売却し、個人向け事業に特化するというジェン・デジタルと同じ道を歩みます。そして2022年には投資グループによって140億ドル超で買収され、再上場から約1年半で上場を廃止しています。
22年10-12月期に売上高3割増、アバストの買収効果
ジェン・デジタルに話を戻すと、アバストの買収効果はすでに業績にも表れています。2022年10-12月期の売上高は前年同期比33.3%増の9億3600万ドルと大きく伸びました。特に個人向けセキュリティー部門の売上高が45.3%増の5億9000万ドルに急拡大しています。
無料のサービスでユーザーを囲い込み、より優れた機能で有料サービスに誘導する手法はオンラインゲームや動画プラットフォームなどさまざまな分野で利用されています。ジェン・デジタルは長年にわたり有料のパッケージソフトの提供を手掛けてきましたが、アバストの買収が従来型のビジネスモデルを見直す転換点になるのかもしれません。