「保険」解体新書

ミサイルで被害が生まれたら損保の対象になるか

2022年10月4日朝、日本全土でJアラートが鳴り響きました。北朝鮮によるミサイル発射の一報です。今回はミサイルが日本列島の上空を通過したことによりJアラートが作動し、一時テレビも一斉に臨時報道に切り替わるなど緊迫感を感じました。


筆者はここで家族から単純な疑問として、「万が一のことあったら保険の対象になるの?」という質問を受けます。多くの保険記事を書いてきた経験がありますが、即答はできませんでした。モデルケースが存在しなかったためです。

他国からの武力行使は保険の対象外になるという原則

損害保険も生命保険も基本的な考え方として、免責となる事案を約款にて規定しています。ある大手損害保険会社の約款では「戦争や外国の武力行使、革命や内乱は保険金支払いの対象外になる」という規定が明示されています。


ほかの保険会社も語句に違いはありますが、同様の規定を設けています。仮にミサイルが襲来したことに対して、我が国が防衛手段を取ったことによる身体や家屋へ損害があったとしても、現規定では補償の対象外です。保険は保険金を支払う確率をもとに商品設計をしているため、確率を算出できない理由には保険金の対象となりません。この前提は今後時代がどのように変わろうとも変わらないでしょう。


その理由を詳しく説明すると、生命保険の仕組みにあります。生命保険は相互保障を原則としており、想定する申込者の年齢や性別をもとに保障内容や保険料を設定します。これまで日本でリスクと見做されていなかった他国からの武力行使はこのリスク想定に含まれないため、保険商品の対象として成立しないという結論になります。この数年注目されている少短(少額短期保険)も生命保険や損害保険と基準は異なりますが、保険料を設定する方法は同じです。


保険以外の国による生活保障に期待すればいいのか

損害保険や生命保険に期待できない以上、万が一の場合は国による生活保障に期待するしかないという結論に至ります。もちろん、これまで日本で戦争による実害はないため、想定が難しい側面があります。仮に国からの保障が設定される場合も、支給の形をはじめ国会で何度も詳細を詰めてからの支給手続きになるため、民間の保険にあるような生活への即興性があるものとはならないでしょう。この部分をリスク回避の具体策とするのは危険です。


これから戦争保険のような商品が生まれる可能性はあるのか

これからを予測することも大切です。これから戦争保険のような商品が生まれる可能性はあるのでしょうか。答えは意外ですが十分にあります。海外ではテロ行為の頻発している国もあります。その国では日常生活を送っていても、急にテロ行為に見舞われる可能性があります。定住としてではなく、その国を旅行していてテロ行為の被害にあったときに補償する海外旅行保険も販売されています。


また、現状最も戦争による被害リスクが高いのは、全世界を航行する船舶です。今回のミサイルも太平洋に落下したといわれるように、船舶が日常営業をするにあたり、万が一の被害に対する備えを十分に考えておく必要があります。先ほど生命保険の相互保障の原則をお伝えしましたが、船舶保険に関しては恒常的なリスクとしてミサイルを設定している構図になります。

現状では難しいですが、日本も少短であれば戦争保険の誕生する可能性があるかもしれません。その場合も広義的な戦争保険というよりは、太平洋や日本海で漁業活動をする船や船員を対象とした保険が期待できるでしょう。もうひとつ考えるとすれば、混乱によって日常生活が毀損されることによる就業不能保険の損保版のような保険が発売されるかもしれません。


保険の対象にならない不作為なリスクから身を守るには

このようにきわめて予想の難しい不作為なリスクから身を守るには、ぶしつけな回答ですが、「気をつけること」しかありません。例えるならあらゆるリスクが少額短期保険(少短)含め民間の生命保険の対象となるなかで現状に保険の対象にならないリスクは、万が一のときに迅速に行動してリスクを最小限にすることという前提があります。Jアラートが発動されたら軽視しない、ニュースに気をつける、避難マニュアルをより有効なものにしていくといった準備をお勧めします。


これはミサイルに限った話ではなく、「これは保険の対象になるのだろうか」という不作為なリスク全般に共通する話です。保険は想定できるけれど、万が一当事者になったら大変だな、という懸念から誕生し、これだけの市場規模に発展しました。


そう考えると平和な日本において、ミサイル被害をはじめとした戦争保険が作られないことは喜ばしいことといえるでしょう。可能な限り周辺に保険設定がされないことを願う一方で、日本だけで努力をして回避できるものではありません。多くの人がリスクを感じたら、市場として設定されることを同時に願いたいと思います。


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独立型ファイナンシャルプランナー

工藤 崇

株式会社FP-MYS 代表取締役 1982年北海道生まれ。相続×Fintechサービス「レタプラ」開発・運営。2022年夏より金融教育のプロダクト提供。上場企業の多数の執筆・セミナー講師の実績を有する独立型ファイナンシャルプランナー(FP)。

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