数年前に話題に上った「老後資金2,000万円問題」は、多くの方が覚えていらっしゃると思います。しかしその後、新型コロナウィルスが発生し、人々は行動を制限。外出にかかっていた支出が減っただけでなく、国から10万円の特別定額給付金が交付され、家計収支が改善した世帯は少なくありません。なんと、2020年の無職高齢夫婦世帯の家計収支の平均は、黒字になったのです。
これを受けて「老後資金2,000万円問題」は、「必ずしも“2,000万円”ではないらしい」とささやかれました。コロナという特殊要因であり、この1年で問題が解決したわけではありません。ましてや、昨今の物価上昇では、老後どころか数年後の生活費すら読めない状況になってしまいました。
今さらですが「老後資金2,000万円問題」とは
「老後資金2,000万円問題」は、2019年6月に金融庁の金融審議会における市場ワーキング・グループがまとめた報告書「高齢社会における資産形成・管理」の中の記述について、炎上しました。
当時の麻生副総理兼金融担当大臣は、「世間に対して不安や誤解を与える」とし、正式な報告書としては受け取らないと表明しました。
報告書には、総務省「家計調査」の2017年のデータから作成された、厚生労働省の資料が引用されていました。高齢夫婦無職世帯の家計の収支の平均は、毎月の赤字額が約5万円。赤字額は、金融資産より補填している、という記述です。
実際は、いきなり「2,000万円不足する」と述べているのではなく、就業や社会保障、金融資産の平均残高などの現状が示され、「収入と支出の差額約5万円が毎月発生する場合、20 年で約1,300 万円、30 年で約2,000 万円の取崩しが必要」と、丁寧に説明されています。
ですが、報道やSNSなどでは「2,000万円」の数字が独り歩きしてしまいました。
「老後資金2,000万円問題」話題になって結果オーライ
老後の生活費に対して不安を抱く原因の多くは、金額がはっきりしないからだと私は感じています。むしろ、取り崩す金額が「毎月5万円程度」「30年で約2,000万円」と、具体的な数字を示してくれたことで、モヤモヤがクリアになった人は多いのではないでしょうか。
2020年以後、つみたてNISAなどの資産形成を始める20歳代、30歳代が増えました。彼ら・彼女たちは、投資信託のような価格変動のある金融商品は、少額ずつ、長期積立をすれば資産づくりになることを理解しています。
また、適宜スマートフォンのアプリをうまく活用するなどして、「毎月いくらの積立投資を、何%の運用率で、何年間続けるといくらになる」というシミュレーションを行なうのもお手のもの。さらに、取り崩しのシミュレーションも行ない、「積み上げた運用資金を、何%の運用をしながら、毎月取り崩したら、何年続く」といった試算もしているようです。
少し前なら、若者対象のセミナーでは「老後? 先のこと過ぎて想像がつかないよ」という表情ばかりでした。最近は、若いみなさんがせっせと資産づくりを始める姿が見られ、嬉しい限りです。これは、老後資金2,000万円問題が資産形成を始めるきっかけを作ってくれたと思っています。
「先のことはわからない」から自分で対応できる力をつける
一方、「元本保証・確定利回り」が当たり前だった世代の方は、多くが「老後資金はいくらあったら良いのですか?」と臆面もなく質問してきます。こちらとしては、まず「どんな老後を送りたいですか?」と聞きたいところ。ツールを使って試算するのは、一部の積極的な方だけです。よく言えば真面目。「2,000万円」と言われたら、何とか2,000万円揃えようとします。けれど、足りないと分かれば途方に暮れて、落胆して先に進まない方もいらっしゃいます。
冒頭でお伝えしたように、そもそも、老後資金問題の「2,000万円」が毎年変わるのです。2017年の数字を当てはめると30年間で約2,000万円(1,963万円)だった金融資産取り崩し額は、「家計調査」で同じ対象世帯の各年の収支平均から算出すると、グラフのようにバラつきがあります。確かに、コロナの影響で特殊要因ではありました。とはいえ、30年の間には災害に見舞われる年もあるでしょう。バブルや好景気、経済危機など、さまざまな出来事が家計に影響を与えるはずです。
そう考えると、今、準備すべきは「臨機応変に対応できる力」を身につけることではないでしょうか。
試行錯誤する、小さな失敗を重ねて学ぶ、経験値を積み上げる
将来何が起こるか分からないし、自分もどうなっているか分からないからといって、結局、「老後資金はいくらあれば良いのかわからない」と投げてしまっては意味がありません。
また、物価上昇の影響で、家計支出がどれだけ増えていくかも悩ましいところです。そこで重要なのは、まず自分の現状を把握すること。そして老後の生活状況を思い描くことです。将来、何をしたいのか。どのような生活をしたいのか、そのためにはいくら必要なのか。現在の支出を基準にして、将来の支出の予測額を割り出してみることです。
もちろん、仮の数字で十分です。やってみることが大事なのです。
これからは、収入だってどうなるか分かりません。働き方も変わるでしょう。価値観も変わるでしょう。資産管理の方法や運用成果も今とは違ってくるかもしれません。何しろ、将来に消費する金額がいくらになるのかわからないのです。貯金の満期に元本が保たれたからといって、何の意味があるのでしょう?
「不透明なことばかりで、予測できない」とおっしゃるかもしれません。それでも、予測を立ててみるのです。現在の状況で分かる範囲の、自分の選択肢として可能性の高い行動の結果、どのようなお金の動きがあるかを見積もりましょう。大きな出来事があって数字が変化したら、またその時に見直せばよいのです。
それがライフプランを立てることです。そこで初めて、「立てたプランがその通り実行できるためには、どのような資金準備が適しているか」を考えることができます。何%の運用率が必要なのか。過度なリスクを取らなくてもライフプランを達成できるのか。節約すべきなのか。もっと収入を増やした方が良いのか。
「老後資金はいくらあったら良いのですか?」などと、人に聞いている時代ではありませんよ。まずは自分を見つめてみましょう。
【参照】
●金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」(令和元年6月3日)
●総務省「家計調査」「家計収支編」「二人以上の世帯」(2017年~2021年)の統計表「(高齢者のいる世帯)世帯主の就業状態別」