1917年、米国議会は、第1次世界大戦での戦費高騰を踏まえて、国債発行による連邦政府運営資金の借り入れ限度額を示す債務上限(debt ceiling)115億ドルを制定しました。債務上限に達してしまえば、政府は新たな資金調達ができなくなり、これまで発行した国債の利払いなどができなくなるデフォルト(債務不履行)に陥る可能性が増すことになりました。
しかし、第2次世界大戦前の1939年には、450億ドルまで引き上げられ、戦後は98回、1960年以降に限れば78回も上限は引き上げられており、2023年1月時点では31兆4000億ドルとなっています。共和党政権下で49回、民主党政権下で29回引き上げられており、予算案などを人質にした論争が繰り広げられてきました。
2023年1月19日、米連邦債務が31兆4000億ドルの上限に到達しました。
イエレン米財務長官はマッカーシー下院議長など議会指導部宛ての書簡で、連邦債務上限を巡り、デフォルト(債務不履行)を回避するための特別な資金管理措置に着手したと述べました。6月5日までの「債務発行停止期間」を設け、一部の公的年金基金への投資を停止する。そして、「特別措置が実施される期間中は今後数カ月の米政府の歳入・歳出に対する予測が困難になることを含め、かなりの不確実性を伴う。米国の全面的な信用を守るために議会に対し速やかな行動を求めます。6月上旬より早い時点に資金と特別措置を使い切ることになるとは考えにくい」と述べました。
1月24日、イエレン財務長官はマッカーシー下院議長ら議会指導部宛ての書簡で、政府年金基金の政府証券投資基金(Gファンド)への再投資を停止する方針を通知し、31兆4000億ドルの上限を引き上げなければ、6月上旬に債務不履行(デフォルト)に陥る可能性があるという見通しを改めて示しました。
イエレン米財務長官の書簡は、米財政政策を巡る長く激しい政争の狼煙となった。エコノミストは、金融市場を強く圧迫し、すでにリセッション(景気後退)リスクが迫る経済をさらに脅かしかねないと警告し、債務上限が引き上げられなければ、財務省は8月頃に資金が尽きると予想しています。
2011年5月、債務残高が上限(14兆2900億ドル)に到達したことで、米財務省は8月2日までの「異例の措置」を採用しました。オバマケア(公的医療保険)の見直しや歳出の削減を求める共和党議会とオバマ大統領との交渉が難航したものの、7月31日に米議会は債務上限引き上げを承認したことで、米国のデフォルト(債務不履行)は回避されました。
しかし、8月5日、格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が、財政赤字削減計画が米国の債務の安定化には不十分との見方から、米国の長期発行体格付けを「AAA」から「AA+」に引き下げたことで、米国債格下げショックが市場を襲いました。
2011年、米国の外交専門誌フォーリンポリシーは、米国議会での連邦政府債務上限の引き上げを巡る不毛な論争に対して、ナンセンスな党派主義に陥った「無能な議会」と揶揄し、バロンズ誌は、米国の民主党と共和党による「債務上限引き上げ」を人質にしたイデオロギー論争を「愚か者の争い」と揶揄しました。
当時、オバマ政権では、政府が1兆ドルのプラチナコインを発行し、それを米連邦準備理事会(FRB)が購入して、購入代金1兆ドルを政府預金に入金し、政府は債務を増やすことなく、歳出を行うことができる、という案が浮上していました。
そして、今年もバイデン政権では、1兆ドルのプラチナコインの発行が目論まれています。
イエレン米財務長官は「バイデン政権が債務上限突破を回避するために1兆ドルのプラチナコイン(法定通貨)を鋳造しようとしても、米連邦準備制度理事会(FRB)が受け入れる可能性は低い」と述べているのですが。
量的金融緩和政策(QE)では、米連邦準備理事会(FRB)は、市場から1兆ドルの米国債(※米国政府の借用証書という紙切れ)を購入して、口座に購入代金の1兆ドルを入金しています。
1兆ドルのプラチナコイン発行でも、FRBが財務省から1兆ドルのコインを購入して、口座に購入代金の1兆ドルを入金することになります。
米共和党の強硬派の妨害により、債務上限引き上げが出来ずに、米国がデフォルト(債務不履行)の危機に直面した場合、この1兆ドルのプラチナコインの発行が、緊急避難的に余儀なくされるのかもしれません。