「十年一剣を磨く 霜刃未だ曾て試みず 今日把りて君に似す 誰か不平の事有りや」(賈島)
「遺恨なり、十年一剣を磨き 流星光底、長蛇を逸するを」(頼山陽)
中唐の詩人賈島は、10年間も磨いた剣を試みることは出来ず、上杉謙信も抜いたものの、信玄を討つことは出来ませんでした。
白川第30代日銀総裁が10年間(2013-23年)の遺恨を晴らそうと、東洋経済1月21日号とIMF季刊誌に寄稿しているが、「十年一剣」は、伝家の宝刀になるのでしょうか。
岸田官邸の次期総裁選びが大詰めを迎えていた2023年1月下旬、「日銀 宴の終焉」と題した東洋経済1月21日号が発売されました。その特集記事に、白川第30代日銀総裁は「政府・日銀『共同声明』10年後の総括」を寄稿し、アベノミクスと異次元緩和への厳しい批判を展開しました。
報じられるところによると、黒田第31代日銀総裁は、雨宮日銀副総裁に禅譲したかったらしいのですが、この寄稿文により、雨宮日銀副総裁は、日銀総裁への打診を断ったとのことです。
さらに、3月1日、白川第30代日銀総裁は、国際通貨基金(IMF)の季刊誌に金融政策の新たな方向性に関する論文『変化の時(Time for Change)』を寄稿し、アベノミクスと異次元緩和を批判していいます。
1. 「政府・日銀『共同声明』10年後の総括」
2013年1月22日、「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」と題する文書が、内閣府・財務省・日銀の連名で公表されました。
当時は、「日銀が大胆に金融政策を行えば問題は解消する」という異論を許さない「空気」が社会を支配していたとの事です。
1)日本の低成長の原因は、物価の継続的な下落(デフレ)にある。
2)デフレは「貨幣的現象」であり、日銀がマネタリーベース(日銀が世の中に直接的に供給するお金)を大幅に拡大する《リフレ派経済学》か、期待(予想)インフレ率に効果的に働きかける事《期待派経済学》により解消する。
3)日銀は2%物価目標を設定し、大胆な金融緩和を行う事により、期限を区切って目標達成を責任を持って約束しなければならない。
しかし、本当の課題は、「デフレ脱却、物価上昇率の引き上げ」ではなく、「1人当たり所得が持続的に成長出来る経済」をつくる事ではなかったのか。
2. 「変化の時(Time for Change)」
白川氏は、黒田氏による10年間の大規模・異次元な量的・質的金融緩和を「壮大な金融実験」として批判的に論じました。白川氏は、黒田氏が実施したマイナス金利や大量の国債購入など異次元の金融緩和策について、「物価上昇の面から見て影響は控えめだった。そして経済成長の面から見ても同じく効果は控えめだった」と評価した。「必要な時に金融政策を簡単に元に戻せるとの幾分ナイーブな思い込みがあったのではないか」と指摘しました。
「ナイーブ」という言葉は、日本語では「繊細な」「純粋な」「素直な」といった肯定的なニュアンスだが、仏・英語では、「世間知らずな」「馬鹿正直な」「だまされやすい」といった否定的なニュアンスがあります。
超低金利の継続を予告する「フォワードガイダンス(先行き指針)」など黒田氏が導入した非伝統的な金融政策にも疑問を投げかけ、足元の悪性インフレを助長する一因になったとの厳しい見方を示しました。