あの時あの動き、過去から学ぶ

第38回 日銀10年の宴の終焉

「十年一剣を磨く 霜刃未だ曾て試みず 今日把りて君に似す 誰か不平の事有りや」(賈島)

「遺恨なり、十年一剣を磨き 流星光底、長蛇を逸するを」(頼山陽)

 

 中唐の詩人賈島は、10年間も磨いた剣を試みることは出来ず、上杉謙信も抜いたものの、信玄を討つことは出来ませんでした。

白川第30代日銀総裁が10年間(2013-23年)の遺恨を晴らそうと、東洋経済1月21日号とIMF季刊誌に寄稿しているが、「十年一剣」は、伝家の宝刀になるのでしょうか。

 

 岸田官邸の次期総裁選びが大詰めを迎えていた2023年1月下旬、「日銀 宴の終焉」と題した東洋経済1月21日号が発売されました。その特集記事に、白川第30代日銀総裁は「政府・日銀『共同声明』10年後の総括」を寄稿し、アベノミクスと異次元緩和への厳しい批判を展開しました。


 報じられるところによると、黒田第31代日銀総裁は、雨宮日銀副総裁に禅譲したかったらしいのですが、この寄稿文により、雨宮日銀副総裁は、日銀総裁への打診を断ったとのことです。

 

 さらに、3月1日、白川第30代日銀総裁は、国際通貨基金(IMF)の季刊誌に金融政策の新たな方向性に関する論文『変化の時(Time for Change)』を寄稿し、アベノミクスと異次元緩和を批判していいます。

 

1. 「政府・日銀『共同声明』10年後の総括」

 2013年1月22日、「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」と題する文書が、内閣府・財務省・日銀の連名で公表されました。

 当時は、「日銀が大胆に金融政策を行えば問題は解消する」という異論を許さない「空気」が社会を支配していたとの事です。


1)日本の低成長の原因は、物価の継続的な下落(デフレ)にある。

2)デフレは「貨幣的現象」であり、日銀がマネタリーベース(日銀が世の中に直接的に供給するお金)を大幅に拡大する《リフレ派経済学》か、期待(予想)インフレ率に効果的に働きかける事《期待派経済学》により解消する。

3)日銀は2%物価目標を設定し、大胆な金融緩和を行う事により、期限を区切って目標達成を責任を持って約束しなければならない。

しかし、本当の課題は、「デフレ脱却、物価上昇率の引き上げ」ではなく、「1人当たり所得が持続的に成長出来る経済」をつくる事ではなかったのか。

 

2. 「変化の時(Time for Change)」

 白川氏は、黒田氏による10年間の大規模・異次元な量的・質的金融緩和を「壮大な金融実験」として批判的に論じました。白川氏は、黒田氏が実施したマイナス金利や大量の国債購入など異次元の金融緩和策について、「物価上昇の面から見て影響は控えめだった。そして経済成長の面から見ても同じく効果は控えめだった」と評価した。「必要な時に金融政策を簡単に元に戻せるとの幾分ナイーブな思い込みがあったのではないか」と指摘しました。

「ナイーブ」という言葉は、日本語では「繊細な」「純粋な」「素直な」といった肯定的なニュアンスだが、仏・英語では、「世間知らずな」「馬鹿正直な」「だまされやすい」といった否定的なニュアンスがあります。


 超低金利の継続を予告する「フォワードガイダンス(先行き指針)」など黒田氏が導入した非伝統的な金融政策にも疑問を投げかけ、足元の悪性インフレを助長する一因になったとの厳しい見方を示しました。

この連載の一覧
第55回  ハト派とタカ派(2)
第54回 白川第30代日銀総裁と黒田第31代日銀総裁の「2%」
第53回 2024年米国大統領選挙のジンクス
第52回 2022年秋のドル売り・円買い介入
第51回 米為替報告書、日本を「監視リスト」から放免
第50回 「AIバブル」と「ドットコム・バブル」
第49回 40年周期の国策の失敗
第48回 チキンゲームという空騒ぎの閉幕
第47回  エルドアン=オアン体制の誕生
第46回 バーナンキ第14代議長とパウエル第16代議長の利上げ休止宣言
第45回 エルドアン・トルコ大統領、辛勝するものの信任されず
第44回  黒田総裁から植田総裁へ
第43回  米民主党大統領と下院共和党による茶番劇
第42回 タカ派かハト派か、それが問題だ
第41回 新デジタル円への切替という既視感
第39回 2008年と2023年の既視感
第38回 日銀10年の宴の終焉
第37回 パウエルFRB議長の「2011年夏の日の思い出」
第36回 「パンドラの箱」の中のリバーサル・レート
第35回 ワシントンでのインフレ巡る女子会
第34回 植田(元)日銀審議委員と第32代日銀総裁(候補)
第33回 勝つ介入
第32回 1兆ドルのプラチナコイン発行?
第31回 金融政策のパンドラの箱「YCC」
第30回  債務上限を巡る茶番劇
第29回 無能な議会 (Parliamentary Funk)
第28回 ドル高・円安8年サイクル
第27回 1987年と1998年に生まれて
ターミナルレートの後のリセッション
第25回【あの時あの動き、過去から学ぶ】カラー革命
第24回【あの時あの動き、過去から学ぶ】マラドーナ理論(Maradona theory)
第23回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ワールドカップの法則
第22回【あの時あの動き、過去から学ぶ】パリ合意
第21回【あの時あの動き、過去から学ぶ】カーターショック
第20回【あの時あの動き、過去から学ぶ】英国民主主義の黄昏
第19回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ルーブル合意(1987年2月:153.50円±2.5%)
第18回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ドルの価値を決める者:米国大統領
第17回【あの時あの動き、過去から学ぶ】10月はウォール街の危険な季節
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第14回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ゴルバチョフ元ソ連大統領の光と影
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為替情報部 アナリスト

山下 政比呂

証券会社で株式・債券の営業、米系銀行で為替ディーラー業務(スポット、スワップ、オプション)に従事。プライベートバンクでは、為替のアドバイサーとして円資産からドル建て資産への分散投資を推奨してきたドル高・円安論者。 「酒田罫線法」「エリオット波動分析」「ギャン理論」などのテクニカル分析をベースに、ファンダメンタルズ分析との整合性を図り、相場観を構築。 ウォール街の格言「ゴルフと相場は、どちらもタイミングが全て」に出合い、ゴルフと相場の共通項を模索中。 2016年にDZHフィナンシャルリサーチに入社。

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