あの時あの動き、過去から学ぶ

第44回  黒田総裁から植田総裁へ

 昨年10月、戦後日本の経済学を牽引した東京大学名誉教授の小宮隆太郎氏(1928年~2022年)が93歳で亡くなりました。小宮氏は、従来の経済理論や政府・日銀の経済政策を批判して数々の論争を引き起こし、「通念の破壊者」と呼ばれた異色の経済学者でした。小宮氏の教え子には、白川第30代日銀総裁や植田第32代日銀総裁がいますが、植田日銀新体制の船出をどのように見届けたのでしょうか。


 白川第30代日銀総裁は「金融政策を通じ人々の期待に働き掛ければ物価が上がると当局者や学者が考えたことは、中央銀行や金融政策の『漂流』である」と述べていました。

 

 小宮教授は、昭和48、49年(1973・74年)の石油ショックによるインフレー ションを巡って、日銀の金融政策「日銀理論(※日銀信用の受動性)」を批判してきました。そして、日本銀行は、1989年前後の土地・株式バブルの隆盛、バブル崩壊後のデフレ、デフレからの脱却を目指すリフレ政策など、数々の失敗を繰り返してきました。

 小宮教授の視点は、「ハイパワード・マネー(マネタリーベース)は外生変数(政策変数)であり、マネー・サプライは内生変数という先行・遅行関係」というものです。


 2013年1月、日銀と財務省、内閣府は、「2%の物価上昇」を目標とする政策協定(アコード)を締結しまし。黒田第31代日銀総裁の前任である白川第30代日銀総裁の最終盤に公表した「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について」と題するアコードには、次のようなことが明記されています。

(1)政府・日銀が政策連携を強化し、一体的に取り組む

(2)物価安定目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする

(3)政府は財政運営の信認を確保する取り組みを着実に推進する


 2013年4月4日、黒田第31代日銀総裁は、デフレからの脱却を目指して、異次元の量的・質的金融緩和政策を打ち出して、2%の物価安定の目標を、2年程度の期間を念頭において実現すると宣言しました。「物価目標2%の達成に向けて、達成期間2年を念頭に置き、マネタリーベースを2倍にする」


 インフレ目標2%は、マネタリーベースを2倍にしても2年間では達成できず、10年目の2022年4月に前年比+2.1%に乗せることで達成できた。マネタリーベースは、過去最大規模の687兆4736億円で約5倍となっていた。

 マネタリーベースの残高は2012年末が138兆円でしたが、黒田バズーカ砲第1弾では、2013年末が200兆円、2014年末が270兆円と示唆されていました。


 2023年4月28日、植田日銀総裁にとっての初の日銀金融政策決定会合では、金融政策の現状維持が全員一致で決定されました。マイナス政策金利(▲0.10%)と10年物国債金利の誘導目標ゼロ%が維持され、許容変動幅も±0.5%で据え置かれました。

 植田日銀総裁は「拙速な引き締めで2%物価目標が達成できないリスクの方が大きい」と述べています。

 

■1年~1年半程度かけて「政策レビュー」を実施

・1998年からの金融緩和策をレビューする

・レビュー期間中の政策修正の可能性は排除しない

■フォワードガイダンスの修正⇒利下げバイナスの排除

・削除:「新型コロナの影響を注視」「現在の長短金利の水準またはそれを下回る水準で推移すると想定している」

・追加:「内外の経済や金融市場を巡る不確実性が極めて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで賃金の上昇を伴う形」

■展望リポート:2025年度コア物価見通しは+1.6%

この連載の一覧
第55回  ハト派とタカ派(2)
第54回 白川第30代日銀総裁と黒田第31代日銀総裁の「2%」
第53回 2024年米国大統領選挙のジンクス
第52回 2022年秋のドル売り・円買い介入
第51回 米為替報告書、日本を「監視リスト」から放免
第50回 「AIバブル」と「ドットコム・バブル」
第49回 40年周期の国策の失敗
第48回 チキンゲームという空騒ぎの閉幕
第47回  エルドアン=オアン体制の誕生
第46回 バーナンキ第14代議長とパウエル第16代議長の利上げ休止宣言
第45回 エルドアン・トルコ大統領、辛勝するものの信任されず
第44回  黒田総裁から植田総裁へ
第43回  米民主党大統領と下院共和党による茶番劇
第42回 タカ派かハト派か、それが問題だ
第41回 新デジタル円への切替という既視感
第39回 2008年と2023年の既視感
第38回 日銀10年の宴の終焉
第37回 パウエルFRB議長の「2011年夏の日の思い出」
第36回 「パンドラの箱」の中のリバーサル・レート
第35回 ワシントンでのインフレ巡る女子会
第34回 植田(元)日銀審議委員と第32代日銀総裁(候補)
第33回 勝つ介入
第32回 1兆ドルのプラチナコイン発行?
第31回 金融政策のパンドラの箱「YCC」
第30回  債務上限を巡る茶番劇
第29回 無能な議会 (Parliamentary Funk)
第28回 ドル高・円安8年サイクル
第27回 1987年と1998年に生まれて
ターミナルレートの後のリセッション
第25回【あの時あの動き、過去から学ぶ】カラー革命
第24回【あの時あの動き、過去から学ぶ】マラドーナ理論(Maradona theory)
第23回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ワールドカップの法則
第22回【あの時あの動き、過去から学ぶ】パリ合意
第21回【あの時あの動き、過去から学ぶ】カーターショック
第20回【あの時あの動き、過去から学ぶ】英国民主主義の黄昏
第19回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ルーブル合意(1987年2月:153.50円±2.5%)
第18回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ドルの価値を決める者:米国大統領
第17回【あの時あの動き、過去から学ぶ】10月はウォール街の危険な季節
第16回【あの時あの動き、過去から学ぶ】9月は金融危機の季節
第14回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ゴルバチョフ元ソ連大統領の光と影
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第2回【あの時あの動き、過去から学ぶ】ボルカー・ショック(1979年)
第1回【あの時あの動き、過去から学ぶ】1985年9月の「プラザ合意」

為替情報部 アナリスト

山下 政比呂

証券会社で株式・債券の営業、米系銀行で為替ディーラー業務(スポット、スワップ、オプション)に従事。プライベートバンクでは、為替のアドバイサーとして円資産からドル建て資産への分散投資を推奨してきたドル高・円安論者。 「酒田罫線法」「エリオット波動分析」「ギャン理論」などのテクニカル分析をベースに、ファンダメンタルズ分析との整合性を図り、相場観を構築。 ウォール街の格言「ゴルフと相場は、どちらもタイミングが全て」に出合い、ゴルフと相場の共通項を模索中。 2016年にDZHフィナンシャルリサーチに入社。

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