金相場の「調整局面」は終了か?
2022年2月から始まったロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、金価格は3月に1年半ぶりの高値を更新しました。NY金先物価格は3月8日、1トロイオンス=2078ドルまで上昇し、2020年8月に付けた史上最高値2089ドルに迫りました。
既に5カ月に及んでいるウクライナ戦争は当分収まりそうもなく、世界に好ましくない変化をもたらしつつありますが、金価格はその後下落に基調に転じ、7月には1678ドルまで下げています。
世界的なインフレ加速への警戒感が強まる中、ヘッジ資産とされる金に資金が向かった一方で、高インフレ抑制のため米連邦準備理事会(FRB)が積極的な金融引き締めを続けるとの見方から、米金利の上昇とともにドル高が進んだことが金の売りを促したためです。
ただ、1700ドルを割り込んだところでは押し目買いなども入り、8月に入ると1800ドル台を回復しています。
※出所:Trading View
「台湾有事」への懸念高まる!?
米国のナンシー・ペロシ下院議長は今月2日夜、台湾を訪問しました。ペロシ氏は米大統領権限を継承する順位が副大統領に次ぐ2位の要職です。中国政府はペロシ氏が台湾を訪問すれば「強力な対抗措置を取る」と警告し、強く反対していました。このため、ペロシ氏の訪台を巡り金融市場は混乱することになりました。
米中関係悪化への懸念が高まったことで、「安全資産」とされる金に買いが入ったことも足もとの相場反発につながりました。
台湾問題は米中間の最重要課題で、中国は米国が「譲れぬ一線」を越えたと受け止めています。中国人民解放軍は「4-7日に軍事演習を実施する」と表明しており、米国は警戒を強めています。金融市場も「台湾有事」への懸念を募らせており、両国の動向を慎重に見極めたいという市場関係者は多いようです。
金はどのような要因で動くの?
「有事の金」と言われるように、世界的な戦争や紛争で地政学的リスクが高まった場合、金価格は上昇する傾向にあります。第2回「そもそもコモディティ(商品)って何?」で指摘したように、コモディティ価格の変動要因は様々ですが、金はどのような要因で動くのでしょうか?コモディティとしての側面を重視すれば、価格は需給バランスによって左右されます。基本的には、需要超過で上昇、供給過剰なら下落ということになります。
しかしながら、金は銀や白金、パラジウムなど他の貴金属とは異なり、「通貨」としての側面があります。このため、世界情勢によっても価格が変動します。「金は国籍のない通貨」と呼ばれる所以です。
長期的な金価格の動きを確認してみよう
私が生まれた1970年代、ちょうどニクソン・ショックをきっかけに変動相場制に移行したあとの金価格の値動きをまずは確認してみましょう。
※出所:Trading View
1970年代は73年と79年の2回にわたる「オイル・ショック」により、インフレが進行しました。また、79年には旧ソ連がアフガニスタンに侵攻し、地政学リスクが高まりました。この間、インフレ・ヘッジ資産かつ安全資産とされる金には資金が流入し、価格は上昇しました。ただ、そのあとはインフレ鎮静化や石油輸出国機構(OPEC)の原油基準価格引き下げ、米金利やドルの上昇などを受けて上昇局面は終わりを迎え、1980年代以降は長らくもみ合いの展開が続きました。この間、85年のプラザ合意や87年のブラック・マンデー、90年のイラクのクウェート侵攻、91年の湾岸戦争や旧ソ連のクーデターなどがありました。
その後、99年にワシントン合意で金の準備資産としての地位が確認され、2001年に米同時多発テロが起こると、金には再び買いが集まり始めました。そして、新興国の経済成長や原油価格の上昇などを背景に年金基金が金投資を開始すると、08年のリーマン・ショックや欧州債務危機なども相場の押し上げ要因となり11年には1920ドル台と当時の最高値を更新することになりました。金が裏付けの上場投資信託(ETF)という新たな金融商品が誕生したことも金への投資を促す要因となりました。
しかしながら、高値を付けた11年の9月以降、流れは一変します。欧州債務危機により信用収縮が発生したため、欧州系銀行は保有する金を売却。さらに、欧州債務危機に加えて新興国の景気減速から米国株が急落したことで、有名ヘッジファンドが株価の損失の埋め合わせに、相次いで金売却に走りました。
13年には米量的緩和政策に終わりが見え始めたうえ、史上最高値を更新し続ける米国株に資金が金市場からも流入し価格の圧迫要因となりました。当時の米連邦準備理事会(FRB)議長であるバーナンキ氏がテーパリング(量的緩和の縮小)を示唆し、世界的な金融不安が生じた、いわゆる「バーナンキ・ショック」では株価の下落はもちろん、新興国の通貨や株式、金などあらゆる市場から資金が流出する事態となりました。15年12月には1040ドル台まで値を下げています。
金価格に影響を及ぼす変動要因としては、景気やインフレ動向、通貨・金利動向、株式・債券動向、政治や経済などの国際情勢、鉱山会社の供給事情やヘッジ戦略、ファンドや年金基金の動向、アジアや中東地域での消費動向など、多岐にわたります。次回は金価格の主な価格変動要因を具体的に見ていきたいと思います。