香港は一部を除いてほとんどの商品に消費税などの税金がかからないため、かつては「買い物天国」として世界中から旅行客を集めていました。ただ、現在は勢いを大きく欠き、小売り各社は苦戦を強いられています。というのも、香港の小売業界は2019年に発生した大規模な民主化デモで大打撃を受けた後、新型コロナウイルスの世界的な大流行が追い打ちに。23年に入って3年近く続いた防疫規制がようやく撤廃されたことを受け、当初は香港の小売業界も急速に持ち直すと期待されていましたが、回復はなかなか進まず、香港の「黄金時代」は終わったとする声も聞かれます。
香港の小売業界で低迷が続く背景としては、香港の住民が物価の安い深センなどに出かける「北上消費」の動きが続いていることが挙げられますが、ショッピングの主役だった中国人旅行客の消費力が低下していることも大きな原因の1つになっています。中国では不動産不況などを背景に景気低迷が長引いており、近年は消費レベルを下げる「消費降級」などという言葉も話題になりました。香港の小売業界は時計やバッグ、宝飾品など高級品への依存度が高いという構造的な問題もあり、中国で強まる節約志向が痛手となっています。
7月の香港小売売上高、5カ月連続で前年同月割れ
香港政府統計処が8月末に発表したデータによると、香港の7月の小売売上高(速報値)は前年同月比11.8%減の291億HKドルにとどまり、5カ月連続で前年同月割れとなりました。7月の小売売上高を品目別にみてみると、医薬品・化粧品が前年同期比3.5%増とやや増えたものの、宝飾品・時計類が25.0%減、衣類が16.6%減、デパートが24.3%減、靴類・関連製品が17.9%減、漢方薬が24.9%減、眼鏡が15.7%減など軒並み不調で、政府報道官は、消費スタイルの変化や香港ドル高が続いたことが影響したと分析。小売業界はこの先もしばらく厳しい状況が続くとの見方を示しています。
香港の小売業界団体の幹部は、小売売上高の減少は少なくとも今年いっぱい続くとみており、来年まで影響する可能性もあると懸念を示しています。また、観光客が多く訪れる尖沙咀の複合商業施設「ハーバーシティー」や、コーズウェイベイにある「タイムズスクエア」を傘下に抱える九龍倉置業地産の呉天海会長は、金利、為替、空室率の3つの高止まりが香港の小売業界に影響を与え続けていると指摘しています。
小売り関連銘柄の時価総額、規制撤廃前と比べ1000億HKドル近く減少
小売業界の低迷を受けて関連する上場銘柄の業績も悪化しており、イオンの香港子会社、イオン・ストアーズは24年6月中間決算で純損失が1億7100万HKドルと、赤字額は前年同期の7800万HKドルから2.2倍に拡大。宝飾品販売を手掛ける周大福珠宝は24年4-6月期(第1四半期)に香港・マカオでの既存店売上高が30.8%減少。化粧品小売りチェーンを展開するササ・インターナショナルは4-6月期(第1四半期)に香港・マカオの売上高(卸売りも含む)が20.4%減少し、既存店売上高は28.1%減少しています。
株価パフォーマンスも低迷しており、香港メディアのまとめによると、香港の小売り関連銘柄の時価総額は8月21日時点で防疫規制撤廃前(22年12月31日時点)と比べて合計で1000億HKドル近く減少しています。1000億HKドルといえば、香港の1四半期分の小売売上高に相当する金額でもあり、ダメージは大きくなっています。
具体的にみてみると、香港の小売り関連に分類される15銘柄のうち、カジュアル衣料を手掛けるジョルダーノを除いた14銘柄で時価総額が防疫規制撤廃前に比べて減少。減少額が最も大きかったのは、周大福珠宝で759億HKドルと断トツで、2位は六福集団で45億HKドル、3位はササ・インターナショナルで34億HKドルと続きます。
個人旅行や免税枠などの規制緩和が追い風に
一方、中国政府が今年に入って香港の観光業・小売業の回復を後押しする政策を相次いで打ち出していることは追い風と言えそうです。中国では誰もが自由に香港に個人旅行できるわけではなく、都市部の住民に限定されていますが、今年3月と5月に個人旅行を認める対象都市が拡大されています。また、7月には中国本土の住民が香港から本土に手荷物として持ち帰る物品の免税限度額がこれまでの5000元から1万2000元に引き上げられています。
中国では間もなく中秋節(24年は9月15-17日)、国慶節(24年は10月1-7日)が控えていることもあり、香港の小売業界は「買い物天国」としての魅力を取り戻すべく、イベントの実施などに力を入れているようです。