中国では12月1日から深センの戸籍または居住証を持つ人を対象に、香港を何度でも訪れることができるマルチビザ「一簽多行」の発給が始まりました。香港では比較的物価が安い深センなどに出かける「北上消費」が生活スタイルの一部として定着して久しく、1週間に平均で約10万人の香港市民が北上する状況となっており、香港の小売りや外食産業に下押し圧力が強まるなか、「一簽多行」が香港経済の回復に向けて大きな役割を担うと期待が高まっています。
「一簽多行」を詳しくみてみると、深センに戸籍または居住証を持つ人は12月1日から申請が可能で、有効期間(1年)内であれば何度でも香港を訪れることができますが、1回の滞在日数は7日間を超えることはできません。深センの人口は約1800万人と香港を1000万人超上回っていることもあり、往来のハードルが下がれば香港を訪れる旅行客も必然的に増えると予想されます。
「一簽多行」は09年にも深セン住民を対象に導入されていましたが、「運び屋」などの問題が社会で大きく注目を集めたことで、15年に入って週1回の渡航に限定する「一週一行」に変更されていた経緯があります。なお、「一簽多行」の再開に伴い、新規の「一週一行」は発給が停止されますが、すでに発給された「一週一行」は期間内であれば有効となります。
「自由行」や免税限度額の拡大なども追い風に
香港ではかつて、1998年のアジア通貨危機や2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行により不動産価格が高値から約65%下落するなど、経済が深刻なダメージを受けました。事態を重くみた中国政府は香港経済を回復させるべく、03年7月から一部地域の住民を対象に香港への個人旅行「自由行」を解禁。その後、制度の対象となる地域が徐々に拡大したこともあり、香港の観光や外食、小売りなどの産業は勢いを取り戻すことに成功していました。
今回も状況は似ており、19年に大規模な民主化デモが発生した後、追い打ちをかけるように新型コロナウイルスが大流行し、香港経済は再び大きく低迷する事態に。23年に入って3年近く続いた防疫規制がようやく撤廃されましたが、回復は思うように進んでいないのが現状です。一方、今年3月と5月には「自由行」の対象都市が拡大されたほか、7月には中国本土の住民が香港から本土に手荷物として持ち帰る物品の免税限度額が引き上げられるなど、香港経済の回復を後押しする措置が相次いでいることは追い風です。中国では景気低迷が長引いていることもあり、中国人旅行客の平均消費額は前回に比べて大きく落ちているものの、「一簽多行」の再開により、「北上消費」によるマイナスの影響が一部相殺されるとみられています。
12月はイベント目白押し、パンダの一般公開も開始
12月1日に「一簽多行」が再開されて最初の土曜日となる7日には中国本土から延べ14万5000人が香港を訪れており、入境者数は前月(直近5回)の土曜日の平均と比べて13.3%増と、まずまずの滑り出しとなったようです。香港文化体育・旅遊局の羅淑佩局長は、小売りや外食、エンターテインメントなど、旅行に関連する業界にはチャンスが溢れていると指摘。各業界は香港での消費行動に結びつけられるよう、知恵を絞ってほしいと呼びかけています。
一方、香港では07年から海洋公園でジャイアントパンダの楽楽(ラーラー)と盈盈(インイン)が飼育されていますが、今年8月には2頭の間に双子のパンダが誕生。9月には中国から贈られた「安安(アンアン)」と「可可(ココ)」も香港に到着し、パンダは6頭体制となっています。安安と可可は12月8日から一般公開が始まったばかりで、今後の経済効果に注目が集まっています。また、「買い物天国」として知られる香港では、毎年クリスマスシーズンから春節(旧正月)にかけて街中で大規模なセールが行われているほか、12月31日にはビクトリア湾でカウントダウンイベントや打ち上げ花火も予定されており、いずれも本土旅行客の増加に結びつくと期待されています。