今回取り上げるのは医薬品ネット通販。中国の株式市場で、「アフターコロナ」投資テーマの一つとして注目されています。もともと、高齢化が進むにつれて医薬品の需要が拡大するとされていた上、はからずも「ゼロコロナ」政策の下で中国の消費者にネットを通じて薬を買う習慣が根付いたと、中国の証券会社はみています。
成長期待を支える「インターネット+医療」政策
医薬品ネット通販に投資家が熱視線を注ぐ理由の一つは政策の後押しです(中国ではあるセクターが政策抜きで「推し」になるのは珍しいので、当然ですが)。中国の国務院(内閣に相当)は先ごろ、医療衛生サービス体系を一段と改善する「意見」を各地方と関連部局に通知しました。今年3月23日に公表された「意見」の中身を見ると、情報技術を生かして仕組みを改革する措置として「インターネット+医療ヘルスケア」の発展や医療分野の産業インターネットプラットフォームの構築、医療保険の給付の仕組みの改革などが盛り込まれていることが分かりました。
市場が期待しているのは、この政策指針の下で医療保険の適用対象になるインターネット医療サービスが拡大することです。これには根拠があります。「意見」公表に先立ち、医療保険を管轄する国家医療保障局が「インターネット+」の医療サービスを医療保険の給付対象に含める考えを示しました。すでに医療保険の対象になっているオフライン医療サービスと内容が同じで、公的医療機関と同水準の料金で提供することが条件です。
もう一つの理由は高い成長力です。米リサーチ会社フロスト&サリバンによれば、中国のオンライン医療市場の規模は2021年の4674億元から、25年には1兆6000億元に拡大する見込みです。年平均増加率(CAGR)は35.2%ということになります。
ここでいう「オンライン医療」には、医薬品ネット通販、オンライン診療、オンライン健康相談・医院紹介、医療ITインフラ運営などが含まれます。そのうち取引額が最も大きいのは医薬品ネット通販で、2021年は2626億元でした。フロスト&サリバンの予測では、2025年には6923億元に膨らむので、年平均増加率は27.4%となります。「オンライン医療全体の増加率より低いではないか」と思われた方もいらっしゃるでしょう。実は増加率で比較すると、オンライン診療の増加率はさらに高いのです。
JD傘下の京東健康とアリババ傘下の阿里健康、物流網が強み
中国医薬品ネット業界の代表的な銘柄と言えば、香港上場の京東健康(JD Health International)と阿里健康(Alibaba Health Information Technology )です。社名からお気づきと思いますが、それぞれ中国ネット通販大手のJDドットコム、アリババ集団の上場子会社です。中国テックジャイアントが成長分野で競う構図が医薬品販売の分野でも展開されています。
2社が医薬品ネット通販で大手となった理由は中国に張り巡らせた物流網でしょう。親会社の強みが生かされました。
まず京東健康をご紹介します。2022年末時点で中国全土に医薬品倉庫を22カ所、医薬品以外の倉庫を500カ所置き、300都市に自前のコールドチェーンを展開しています。同社の財務報告書によれば、2017年から22年にかけて売上高が年平均53%増えました。22年の増収率とは52%と特に高く、売上高は467億3600万元に達しました。同年の純利益は3億8000万元 で、黒字転換を果たしました(前年は10億7400万元の赤字)。
年間アクティブユーザーは22年末時点で1億5000万人を超え、前年比25%増えました。同社のオンラインモールに出店するサードパーティー業者は2万以上です。
一方、阿里健康のオンライン直営店を訪れた年間アクティブユーザーは22年9月末時点で1億2000万人を超え、前年同期比33%増えました。2022年9月中間決算の売上高は前年同期比22.9%増の115億100万元。純利益は1億6100万元となり、2億3200万元の純損失を計上した前年同期から黒字転換しました。(同社の決算期は3月、京東健康の決算期は12月)。ブルームバーグがまとめた市場コンセンサス予想では、23年3月期の損益は3億9000万元の黒字に転換する見通しです(前年は2億6600万元の赤字)。
リスクは競争激化と行政の意向
医薬品ネット通販への投資にまつわるリスクにも触れておきましょう。まずは競争激化のリスクです。テックジャイアント2社の寡占が続くという保証はありません。成長性の高い分野ならば、同じく中国テックジャイアントであるテンセント(00700)や百度(09888)が参入してきても不思議ではないと思います。単なる想像ですが、話題の生成型人工知能(AI)を武器に医薬品ネット通販の業界地図を塗り替える...そんな戦略が練られているかもしれません。
また、「医薬品ネット通販に投資家が熱視線を注ぐ理由の一つは政策の後押し」と書きましたが、裏返せば政策リスクがある、ということです。冒頭に紹介した国務院の「意見」は確かに産業振興措置を含んでいます。しかし目的は医療サービスに対する国民の満足感と安心感を高めること、と明記されています。この目的に照らして当局が適切と判断すれば、関連産業を盛り立てることもあれば、締め付けることもできるわけです。
中国の行政には欧米や日本で言われるような「アカウンタビリティー(説明責任)」の考え方が薄いようで、中央が定めた「総体要求」の枠を守っていれば、関連業界への説明抜きでルールを変えることがあり得ます。実際、成長産業のはずだった学習塾は、教育費の高騰を懸念した当局の指示で著しく事業展開を制限されました。投資家としては、中国の政策支援を理由にはやされている投資テーマに対し、行政の風向きが変わっていないか注意する必要があるでしょう。