中国株、あのテーマはどうなった?

第69回 ディープシーク:トランプ氏コメントがまともな理由

DeepSeekはAIの「ポジティブな発展」


株式市場でホットテーマとなっている中国製の大規模言語モデル(LLM)「DeepSeek(ディープシーク)」について、トランプ大統領は人工知能(AI)における「たいへんポジティブな発展だ」と評価しました。米CNNによると、「何十億ドルも使わずに、少ない支出で、うまくいけば同じソリューションが得られる」と27日にフロリダで語りました。何であれ物事の優劣を収支金額で判断するトランプ節は相変わらずですが、同日の米株式市場で半導体関連やハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)がろうばい売りされたことを考えると、はるかにまともな反応に思えます。



OpenAIと性能は匹敵、コストは98%安


LLMは簡単に言えば機械学習の枠組みで言語を数理的に取り扱う生成モデルの一種です。利用者が入力したテキストをLLMが処理し、テキストを出力するのが基本的な動作です。米オープンAIの「ChatGPT」などは、LLMを応用して人と自然な会話や描画ができるように特化した生成AIサービスです。市場に衝撃を与えた話題のLLMは、AI開発企業の杭州深度求索人工智能基礎技術研究(英文社名はDeepSeek)が20日に公開した「DeepSeek-R1」です。27日には米アップルの米国と中国のアプリストア無料ダウンロードランキングで首位となりました。


DeepSeek社によれば「DeepSeek-R1」の性能指標は業界最高の水準です。「数学、コーディング、自然言語推論などのタスクでは、性能はOpenAI o1正式版に比肩する」と同社はプレスリリースで述べました。


しかし何といっても目を引くのは、トランプ氏の発言にある通り、利用料金の安さです。DeepSeekのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を通じて開発する場合、入力テキストへの課金は100万トークン当たりわずか0.14米ドル(キャッシュありの場合)。「ChatGPT」を開発した「OpenAI-o1」(7.5米ドル)と比べ98%のコスト削減となる計算です。「トークン」とは先に説明した入力・出力するテキストの基本単位を指します。なお、ブラウザ版とモバイルアプリ版は無料で利用することができます。



半導体成長シナリオに疑問符、エヌビディアやSMICの株価急落


こうした発表を目にすれば、「AI開発と運用には高性能な半導体などへの膨大な投資が必要」という見方は誤っているのではないか、という疑問が生まれます。なにしろ、中国企業は米政府の規制により最先端の半導体チップが入手できないはずです。したがって「DeepSeek-R1」が看板通りの性能を実現しているならば、米エヌビディアなどが提供する高価なハイグレードGPU(画像処理半導体)はAIモデル開発に必ずしも必要ない、ということになります。このロジックによって最先端GPUの需要拡大期待が突き崩され、27日にエヌビディア株が大きく売られました。同日の香港市場でも、中国を代表する半導体ファウンドリーのSMIC(00981)華虹半導体(01347)がそれぞれ7.63%安、6.63%安と急落しています。


もっとも、このロジックに対する反論もすぐに上がりました。安価なLLMの活用が広がれば、結局はAIを支えるインフラへの投資は拡大していくはず、という見方です。実際、28日のNY市場ではエヌビディア株が買い戻され、ハイテク株主体のナスダック総合株価指数も反発しました。一方、同日の香港市場ではSMICが0.39%安、華虹半導体が1.33%高とまちまちの結果となり、29日から春節(旧正月)連休に入りました。休場明け2月3日の値動きが注目されます。


オープンソースLLMの衝撃、香港メディアがキングソフト推奨


DeepSeekがもたらした衝撃はもう一つあると思います。同モデルが「オープンソース」であることです。つまり、利用企業がそれぞれのニーズに合わせて改変し、独自のソリューションを構築できることになります。パソコンのOSでいえば「Linux」が相当するでしょう。対照的に、ChatGPTはマイクロソフトの「Windows」のような“クローズド”で、ソースコードは非公開です。


高性能で信頼性の高いオープンソースAIの登場は、AI活用による業務イノベーションを目指す企業に追い風となるでしょう。『香港経済日報』は、DeepSeekテーマの投資戦略としてソフトウエアやフィンテック、医療、消費、製造業などでのAI活用が最も有望との見方を示し、恩恵を受けそうな銘柄としてゲーム・オフィスソフト大手のキングソフト(03888)を挙げました。


これまで自社のLLM開発に力を入れてきた企業にとっても、オープンソースLLMの台頭は悪い話ではありません。DeepSeekの主要技術に関する論文やデータが公開されているのですから、先行したAI企業はそれを解析した上でさらに優れたLLMを開発すればよいわけです。オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)はX(旧ツイッター)で「DeepSeek-R1」を「素晴らしいモデル」と認めた上で、「我々はより優れたモデルを提供していく。新たな競合相手の登場は本物の活性化につながる」と自信を示しました。


『香港経済日報』も、LLMのオープンソース化の進展はAIモデルに学習させるコストの低下と開発期間の短縮につながると指摘し、中国市場で最大シェアを誇るLLM「日日新(SenseNova)5o」の開発元であるセンスタイム(00020)を注目銘柄としました。




この連載の一覧
第71回 ヒューマノイド:2025年は量産元年
第70回 ディープシーク その2:米中プラットフォームが続々提供
第69回 ディープシーク:トランプ氏コメントがまともな理由
第68回 人民元の先安観が消えない理由
第67回 2025年の消費:若者がこだわる6つの新潮流
第66回 新中式飲食業:若者を引き付ける「ネオ中華」消費トレンド
第65回 中央政治局会議 その2:金融政策を「緩和」に転換
第64回 「氷雪経済」が熱い!25年に1兆元突破へ
第63回 中国製ゲーム:世界で勝負、先兵は孫悟空
第62回 観光業界: 25年は休日が2日増加、国内旅行ブーム到来か
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
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第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
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第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
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第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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