DeepSeekはAIの「ポジティブな発展」
株式市場でホットテーマとなっている中国製の大規模言語モデル(LLM)「DeepSeek(ディープシーク)」について、トランプ大統領は人工知能(AI)における「たいへんポジティブな発展だ」と評価しました。米CNNによると、「何十億ドルも使わずに、少ない支出で、うまくいけば同じソリューションが得られる」と27日にフロリダで語りました。何であれ物事の優劣を収支金額で判断するトランプ節は相変わらずですが、同日の米株式市場で半導体関連やハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)がろうばい売りされたことを考えると、はるかにまともな反応に思えます。
OpenAIと性能は匹敵、コストは98%安
LLMは簡単に言えば機械学習の枠組みで言語を数理的に取り扱う生成モデルの一種です。利用者が入力したテキストをLLMが処理し、テキストを出力するのが基本的な動作です。米オープンAIの「ChatGPT」などは、LLMを応用して人と自然な会話や描画ができるように特化した生成AIサービスです。市場に衝撃を与えた話題のLLMは、AI開発企業の杭州深度求索人工智能基礎技術研究(英文社名はDeepSeek)が20日に公開した「DeepSeek-R1」です。27日には米アップルの米国と中国のアプリストア無料ダウンロードランキングで首位となりました。
DeepSeek社によれば「DeepSeek-R1」の性能指標は業界最高の水準です。「数学、コーディング、自然言語推論などのタスクでは、性能はOpenAI o1正式版に比肩する」と同社はプレスリリースで述べました。
しかし何といっても目を引くのは、トランプ氏の発言にある通り、利用料金の安さです。DeepSeekのAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を通じて開発する場合、入力テキストへの課金は100万トークン当たりわずか0.14米ドル(キャッシュありの場合)。「ChatGPT」を開発した「OpenAI-o1」(7.5米ドル)と比べ98%のコスト削減となる計算です。「トークン」とは先に説明した入力・出力するテキストの基本単位を指します。なお、ブラウザ版とモバイルアプリ版は無料で利用することができます。
半導体成長シナリオに疑問符、エヌビディアやSMICの株価急落
こうした発表を目にすれば、「AI開発と運用には高性能な半導体などへの膨大な投資が必要」という見方は誤っているのではないか、という疑問が生まれます。なにしろ、中国企業は米政府の規制により最先端の半導体チップが入手できないはずです。したがって「DeepSeek-R1」が看板通りの性能を実現しているならば、米エヌビディアなどが提供する高価なハイグレードGPU(画像処理半導体)はAIモデル開発に必ずしも必要ない、ということになります。このロジックによって最先端GPUの需要拡大期待が突き崩され、27日にエヌビディア株が大きく売られました。同日の香港市場でも、中国を代表する半導体ファウンドリーのSMIC(00981)と華虹半導体(01347)がそれぞれ7.63%安、6.63%安と急落しています。
もっとも、このロジックに対する反論もすぐに上がりました。安価なLLMの活用が広がれば、結局はAIを支えるインフラへの投資は拡大していくはず、という見方です。実際、28日のNY市場ではエヌビディア株が買い戻され、ハイテク株主体のナスダック総合株価指数も反発しました。一方、同日の香港市場ではSMICが0.39%安、華虹半導体が1.33%高とまちまちの結果となり、29日から春節(旧正月)連休に入りました。休場明け2月3日の値動きが注目されます。
オープンソースLLMの衝撃、香港メディアがキングソフト推奨
DeepSeekがもたらした衝撃はもう一つあると思います。同モデルが「オープンソース」であることです。つまり、利用企業がそれぞれのニーズに合わせて改変し、独自のソリューションを構築できることになります。パソコンのOSでいえば「Linux」が相当するでしょう。対照的に、ChatGPTはマイクロソフトの「Windows」のような“クローズド”で、ソースコードは非公開です。
高性能で信頼性の高いオープンソースAIの登場は、AI活用による業務イノベーションを目指す企業に追い風となるでしょう。『香港経済日報』は、DeepSeekテーマの投資戦略としてソフトウエアやフィンテック、医療、消費、製造業などでのAI活用が最も有望との見方を示し、恩恵を受けそうな銘柄としてゲーム・オフィスソフト大手のキングソフト(03888)を挙げました。
これまで自社のLLM開発に力を入れてきた企業にとっても、オープンソースLLMの台頭は悪い話ではありません。DeepSeekの主要技術に関する論文やデータが公開されているのですから、先行したAI企業はそれを解析した上でさらに優れたLLMを開発すればよいわけです。オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)はX(旧ツイッター)で「DeepSeek-R1」を「素晴らしいモデル」と認めた上で、「我々はより優れたモデルを提供していく。新たな競合相手の登場は本物の活性化につながる」と自信を示しました。
『香港経済日報』も、LLMのオープンソース化の進展はAIモデルに学習させるコストの低下と開発期間の短縮につながると指摘し、中国市場で最大シェアを誇るLLM「日日新(SenseNova)5o」の開発元であるセンスタイム(00020)を注目銘柄としました。