中国株、あのテーマはどうなった?

第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表

医療、就業、住宅購入の制度を整備

中国が少子化対策にいよいよ本腰を入れて取り組むようです。国務院(内閣に相当)が10月28日、出産と子育てを支援する総合的な措置を発表しました。施策は多様な分野にまたがり、医療・保健制度から、就業制度、保育サービス、小中学校のカリキュラムと放課後活動、住宅購入補助、さらには子育てを尊重する社会の雰囲気の醸成まで含んでいます。措置の目的として「出産から養育、教育にかかるコストを引き下げ、社会全体で出産・育児を尊重し支えていく良好な気風をつくり、適切な出生水準を実現する」と表明しました。手をこまねいていては人口減少が止まらない、という危機感が読み取れます。


例えば医療面では、出産にかかる費用の補助を拡大します。無痛分娩・生殖補助、さらに小児用医薬品を医療保険の支給対象に含める範囲を広げます。働き方の面では、法令に定められた産休や育児休暇を取得しやすい制度の整備を打ち出しました。女性の雇用促進策を改善し、産後に再就職する女性の職業技能訓練を強化します。さらにフレキシブル勤務や在宅ワークなどの方式を取り入れ、家庭にフレンドリーな仕事環境をつくるよう奨励しました。保育園などの子どもを預かる機関に地方政府が運営補助を支給する方針も示しました。


保育施設については、「中央政府の予算と地方政府のインフラ債の資金を投じ、託児総合サービスセンターと公共託児サービス網を構築する。中央財政の支援でインクルーシブ託児サービスモデル事業を実施する」と財政出動を明記しています。


「子育てしやすい社会の雰囲気づくり」へ、報道・教育機関を動員

これらは日本でも進められてきた施策ですが、中国ならではの課題への取り組みも盛り込みました。「地方政府に対し、労働者基本医療保険に加入している臨時従業員、農民工(出稼ぎ農民)、新雇用形態人員を出産育児保険の対象とするよう指導する」としています。中国では農村戸籍と都市戸籍が分かれており、例え都市に移り住んでも農村戸籍のままでは医療衛生や社会保障、子どもの就学などの面で都市戸籍の住民と同等の待遇が受けられません。農民工も出産育児保険に加入できるよう、制度を修正する必要があります。


なかでも「住宅支援政策を強化し、地方政府が子どもの多い家庭に対する住宅購入支援を増強するよう奨励する」との一文が目を引きます。都市部での住宅価格の高止まりと将来の所得への不安から、子どもを持つことをためらう若い夫婦が増えているという認識から出た措置でしょう。


興味深いのは、「子育てしやすい社会の雰囲気づくり」が盛り込まれたことです。「中華民族伝統の美徳を広め、社会が出産・育児を尊重するよう導き、適齢での結婚と出産や、夫婦が子育ての責任を分け合うよう奨励する。結婚、恋愛、子育て、家庭に対する前向きな考え方を積極的に提唱し、社会主義家庭文明の新たな潮流を形成する」とうたっています。実現へ向け、結婚・恋愛・交友に関するプラットフォームをネット上に構築すると決めました。


これだけではありません。報道機関と教育機関を動員します。社会宣伝と唱和を強化し、人口の質の高い発展を宣伝・教育する特別行動を実施すると宣言しました。人口に関する国情と政策に関する教育を強化し、初等教育、中等教育、学部教育のカリキュラムに組み込むことも決めました。


株式市場で教育セクターに買い、若者の反応は?

こうした多角的な取り組みに、中国株式市場は「買い」で反応します。28日の上海市場と深セン市場では教育セクターが大きく買われ、29-30日も連騰しました。問題は、結婚適齢期に入った人や若い夫婦の反応でしょう。中国では今どきの若者は恋愛にも結婚にも消極的で、子どもをつくらない、家も買わない(不恋愛、不結婚、不買楼、不生子)とされ、「四不青年」が2023年の流行語となりました。


SNSでは四不青年の背景にあるのは就職難や手頃な価格の住宅の不足、年老いた両親の世話する負担、将来の所得に対する不安です。とすれば、結婚と出産を促進するにはこうした問題を解決していかねばなりません。



政策の大転換、地方政府はついていけるか

実施を担う当局側も問題を抱えています。国務院は今回公表した措置を「出産・育児支援政策体系の改善を加速して生育友好型社会の建設を推し進める措置」として地方政府に通達しました。政策の大枠は中央政府が決めますが、各地の事情に応じた細則を決めて措置を実施する責務は地方政府にあるのが中国流です。ただ、今回の措置は従来規制の緩和ではなく、政策方針の大転換であり、地方政府が即応できるかは不透明です。


中国政府は1980年代に一人っ子政策を本格導入し、30余年にわたって人口増を厳しく抑制していいました。しかし2016年には2人目の出産を解禁し、2021年には3人目の出産も認めました。ところが出生数は増えません。2022年には1000万人の大台を割り込み、2023年には902万人に落ち込みます。人口1000人当たりの出生数を示す「普通出生率」は2016年の12.9%から23年には6.4%まで低下しました。



そもそも、経済が急速に成長した国の出生率が低下するのは先進国も経験した現象で、若い世代が持つ家族観に上の世代が眉をひそめるのも中国特有の事情ではありません。ただ中国の場合、出産抑制政策が人口構成を歪ませ、男女比率や都市と農村の人口不均衡を激化させました。これほど根深い問題に取り組み、幅広い行政分野にまたがって措置を実施するのは難事です。しかも、中央政府は若年層の結婚や子育て対する観念を教導するよう求めています。高齢世代が若者の価値観を正そうとする試みは、時代を問わず、国を問わず常に困難な道程です。報道機関と教育機関を党と政府の統制下に置く中国であれば、そのような難事でも実現できるのか、答えが明らかになるまでに十数年が必要になるでしょう。


この連載の一覧
第64回 「氷雪経済」が熱い!25年に1兆元突破へ
第63回 中国製ゲーム:世界で勝負、先兵は孫悟空
第62回 観光業界: 25年は休日が2日増加、国内旅行ブーム到来か
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
【中国株、あのテーマはどうなった?】第13回「国産旅客機」苦節15年、来春にも商業運航へ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第12回「マカオのカジノ免許」既存6社が順当に当選、勝負はカジノ場外へ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第11回「国産化粧品」Z世代の愛が支え、ネット活用で海外ブランドと勝負
【中国株、あのテーマはどうなった?】第10回「リチウムイオン電池」大成功の代償?EV大国を悩ませるサプライチェーンのひずみ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第9回「サッカーW杯」開幕前に勝負は決まる!?冬の陣でもビールが主役
【中国株、あのテーマはどうなった?】第8回「国有企業改革」(その2) 習近平氏の旗振りで「より強く、より優れ、より大きく」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第7回「国有企業改革」(その1)
【中国株、あのテーマはどうなった?】第6回「半導体の国産化」(その2) 断裂する半導体の世界、米中が相互排除
【中国株、あのテーマはどうなった?】第5回「半導体の国産化」(その1) 国策を脅かす前門の米国、後門の腐敗
【中国株、あのテーマはどうなった?】第4回 ハイテク全部乗せの経済政策「新型インフラ」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第3回 香港に取って代わるか、海南島「自由貿易港」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第2回 株式市場となじみきれない「軍民融合」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

村山 広介の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております