中国株、あのテーマはどうなった?

第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか

中央企業からユニコーン候補を選抜


第40回に続き、中国ユニコーンを取り上げます。ただし今回ご紹介するのは前回登場した月之暗面科技のような、天才エンジニアが創業したスタートアップではありません。官製のユニコーンです。それも、中国の国務院国有資産監督管理委員会(国資委)が所有する国有企業(中央企業と呼ばれます)の傘下企業から「啓航企業」として選び出し、手厚い優遇措置を与えるという、中国ならではの方式で育てるようです。


「啓航」とは中国語で船舶や航空機が航行を始めるという意味ですから、「出航する企業」というイメージでしょうか。中国国営の新華社は3月29日、国務院国有資産監督管理委員会が「啓航企業」の第1陣を選定したと報じました。


報道によると、同委員会は2023年からイノベーション型国有企業の育成加速に取り組み、啓航企業を育成する工程に着手しました。この工程では、国家の重大戦略分野や戦略的新興産業・未来産業に的を絞り、高い成長力と基盤を備えるスタートアップ企業を選び出します。その上で、十分な経営権限を与え、資源を集中させ、インセンティブを保証し、「未来のユニコーン企業と科学技術リーディング企業」の確立を目指します。



記事は啓航企業に選ばれた企業について「多くは設立から3年以内で、人工知能(AI)、量子情報、バイオ医薬などの新分野に重点を置き、中核人材の平均年齢は35歳前後」と伝えています。ただ、選定された社数は明らかにしておらず、わずかに3社の具体名を挙げて事業内容を紹介しました。3社はそれぞれ中央企業である中国電信集団、中国航天科技集団(CASC)、中国煤炭科工集団の傘下企業です。


国務院国有資産監督管理委員会は現時点で「啓航企業を育成する工程」について公式文書を発表しておらず、啓航企業のリストを公開していません。しかし中国経済紙『経済観察報』は4月1日、「未公開リストには数百社が名を連ねている。エネルギーなどの業種から選ばれ、中央企業傘下のスタートアップ企業が主力だ」と報じています。


「啓航企業」登場の陰で消えた「大衆創業」


新華社は記事のなかで、啓航企業を選定する目的を「新質生産力を育て、発展させる」と報じています。新質生産力(新たな質の生産力)とは、イノベーションの作用で従来の経済成長方式と生産力発展路線から脱却し、ハイテク、高効率、高品質な特長を持つようになった先進的な生産力形態を指し、中国の経済政策文書に頻繁に目にするキーワードです。習近平国家主席が2023年9月に黒竜江省を視察した際に提唱した新語とされ、2024年3月の全国人民代表大会(全人代)で李強首相が読み上げた政府活動報告でも、24年の政策任務の冒頭に「現代化産業体系の建設推進に力を入れ、新質生産力の発展を加速させる」と言及されています。


国有企業のなかから新質生産力の担い手となるユニコーンを生み出す試みは、共産党が支配する国であれば当然の発想でしょう。ただ、これまでに中国で生まれ、大企業に成長したユニコーンはアリババ集団やテンセントのような民営企業でした。この点を中国指導部はどう考えているのでしょうか?


実は「啓航企業」とは対照的なキーワードが経済活動報告から消えました。「大衆創業、万衆創新」(大衆の創業、万人のイノベーション、“双創”と略します)がそれです。前首相の李克強氏が2014年に提唱した政策スローガンで、革新的で急成長する民営企業を興させ、国有企業に代わる雇用の受け皿にする思惑が込められていました。2015年の政府活動報告に盛り込まれ、18年9月には李克強氏が率いていた国務院から「イノベーションと創業による質の高い発展をつくる“双創“高度化の推進に関する意見」を公表し、同年の経済政策の流行語となりました。しかし、李克強氏の首相職任期が終わった2023年3月の全人代を最後に、双創は政府活動報告から見当たらなくなります。



イノベーションの担い手を統制するには


カリスマ性を持つ経営者が率いるハイテク新興企業が巨大化すれば、破壊的イノベーションを引き起こし、既存の仕組みが壊れます。それが避けられない以上、草の根に任せてはおけない。統制できるようにしておかねばならない…こうした認識が抜きがたく当局側に存在しているということでしょう。


したがって、新質生産力の形成を担うユニコーンは、中国共産党の眼鏡にかなう企業でなければなりません。実際、中能建緑色建材という中国能源建設集団(中央企業です)の傘下企業が3月29日、国資委の啓航企業第1陣リストに収載されたと発表し、「国資委の党委員会が審議して重点育成企業を確定する」と明らかにしています。こうなると、国有企業の支配下にあるハイテク企業こそ、新質生産力を追求するのにふさわしいという理屈が成り立ちます。


中国指導部は、ぬるま湯につかった経営に安住している国有企業を先進国のテックジャイアントと戦える会社に叩き直す、という思惑も込めているでしょう。なにしろ新質生産力を追求するならば、リスクをとらざるを得ません。


リスクを避ける国有企業に“特殊部隊”創設


国有企業は快適な現状を捨ててリスクの高い無人地帯に入りたがらず、イノベーションに失敗したときに責任を追及されるのを心配し、そもそもイノベーションを起こす能力と経験に乏しい――『経済観察報』によると、陽光時代弁護士事務所のパートナー、朱昌明氏はこのように国有企業の問題を指摘しました。その上で「啓航企業育成工程を始動した意義は、国有企業によるイノベーションを担う“特殊部隊”を創設し、“経済特区”を設置することである」と朱昌明氏は語りました。


『経済観察報』によると、国資委研究センターのシニアエコノミストである王峰氏も、ユニコーンが持ち込む新技術は従来の科学研究能力のボトルネックを突破し、川上と川下の産業チェーンを変え、産業エコシステムに重大な影響を与えると指摘しました。その上で、「国有資本と中央企業は前もって備えておく必要がある」と述べています。


「大衆創業、万衆創新」から「啓航企業」への政策転換は、ユニコーンの出生場所を草の根から中国当局のゆりかごに移す試みだと思われます。伝説に登場するユニコーンは捕らえるのに危険が伴う獰猛な動物ですが、乙女に抱かれるとおとなしくなるそうです。乙女になり替わって「啓航企業」を調教する当局の手綱さばきが注目されます。

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第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
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第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
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第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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