次世代の成長をけん引、先導役は「空飛ぶクルマ」
中国の株式市場で、いま最もはやされているテーマの一つが「低空経済」です。言葉の響きはなにやら不景気ですが、次代の中国の成長をけん引する分野の一つと目されています。
低空経済とは、『人民日報』傘下のニュースサイト『人民網』によると、高度1000-3000メートルの空域での航空機による輸送を使った総合的業態を指します。業態のすそ野が広く、産業チェーンは長く、高い成長力を備えるのが特長で、地球測位システムの支援を受けるドローンを使った商品配送や、無人運転の「空飛ぶタクシー」などのビジネスが含まれます。関連機関の試算では、22年に世界の低空経済の市場規模は1000億米ドルに達し、その後も急拡大していると伝えています。
低空経済で特に目を引くキーワードは「飛行汽車」でしょう。直訳すると「空飛ぶクルマ」ですが、電動垂直離着陸機(eVTOL)のことです。人が乗れるサイズの、小型飛行機とヘリコプターの特徴を併せ持つ電動の機体です。『中国証券報』は3月18日、「低空経済」と「飛行汽車」の両テーマの銘柄は株価が2月以降に約50%上昇し、市場の注目を集めていると報じました。
同紙によると、中国の上海峰飛航空科技(オートフライト)が2024年2月27日、自社開発したeVTOL「盛世龍」の公開飛行デモを広東省で実施しています。同省の深セン市から珠海市まで50キロメートル超の距離を約20分で飛行しました。「盛世龍」は5人乗りで巡航速度は時速200キロメートル。主要な部品は全て国産です。
中国指導部が強く後押し、全人代で重点政策に位置付け
低空経済がもてはやされる背景には、中国指導部の強い後押しがあります。23年12月に開かれた「中央経済工作会議で、低空経済が戦略的新興産業の一つに位置付けられました。今年3月の全国人民代表大会(全人代)でも、李強首相が政府活動報告のなかで24年の政策課題として「バイオ製造、宇宙ビジネス、低空経済などの新たな成長エンジンを積極的に創出する」と表明しました。香港の著名な株式評論家である石鏡泉氏は、24年の全人代で提出された成長の重点は「設備更新・買い換え、新質生産力、低空経済」の3つだと『香港経済日報』で述べています。
低空経済の振興長期計画は、中国の工業情報化部や科学技術などの複数省庁が23年10月、「緑色航空製造業発展要綱(2023-35年)」として共同発表しました。25年までにeVTOLの試験的な運航を実現し、35年には新エネルギー駆動の航空機を発展の主軸とするスケジュールが盛り込まれています。低空経済を切り開くパイロットはeVTOLとされているわけです。
注目銘柄は広州億航智能科技、中国自動車メーカーも参入
中国でeVTOLの開発・製造・運用の担い手として投資家の関心が高い企業としては、まず広州億航智能科技(EHang)が挙がるでしょう。同社開発の2人乗りeVTOL「EH216-S」が23年10月、中国民用航空局から型式証明を取得しました。パイロットは不要で、管制システムで決まった航路を飛ぶよう制御することが特長です。今年2月7日に「販売予定価格は41万米ドル」と発表し、3月18日には南米コスタリカのビーチリゾートでデモ飛行を実施しました。海外で観光用途に売り込んでいく経営戦略のようです。
ただ、同社は中国市場ではなく米ナスダックに上場しています。上海や深センに上場する銘柄で「低空経済テーマ株」とされているのは、eVTOL向け部品・システムを手掛けるメーカーが中心です。具体的には広電計量検測集団(002967)、浙江万豊奥威汽輪(002085)、臥龍電気駆動集団(600580) などです。
eVTOL企業と提携したり、出資したりした銘柄も注目を集めています。例えば、上海市場と香港市場に重複上場している自動車メーカーの広州汽車集団(601238/02238)は広州億航智能科技と共同で広州市にeVTOL製造拠点を建設する計画です。広州億航智能科技の胡華智会長が今年3月15日、23年10-12月期の業績発表会で明らかにしました。
ほかの中国自動車メーカーもeVTOLへの参入を進めています。香港市場に上場している電気自動車(EV)メーカーの小鵬汽車(09868)は今年1月2日大引け後、子会社の広東小鵬汽車科技が「空飛ぶ車」を手掛ける関連会社の広東匯天航空航天に開発・技術サービスや販売代理サービスを提供する業務提携を結んだと発表しました。広東匯天航空航天の空飛ぶ車は地上走行モジュールと飛行モジュールの独立した2部分で構成される「分離式」で、ハイブリッド車の荷台に垂直離着陸機を搭載します。同社のeVTOL「旅航者X2」はアラブ首長国連邦(UAE)ドバイの民間航空局(DCAA)から飛行許可を取得し、2022年10月に同地で公開飛行を実施しています。
EVでの成功を再演か、安全保障上の懸念がリスク
中国が官民挙げてeVTOLに熱を入れるのは、広大な国土と巨大な内需を考えれば当然の対応でしょう。ただ見逃せないのは「技術面で欧米や日本などに先行されていない」「安全な運用体制の確立に向けて実地試験が欠かせず、住民や既存交通機関などとの調整で当局が強い権限を発揮できる中国が有利」という点です。これらは中国が世界のEV大国となった条件であり、eVTOLでもEVの成功を再演できそうです。
もっとも、投資家からすると米国などが安全保障を理由に中国製eVTOLの規制に打って出るリスクにも留意する必要もあるでしょう。そもそも、低空領域を物流事業や農林業、各種調査、緊急救援などで活用するには軍事との調整が不可欠です。実際、中国国務院(内閣に相当)の中央軍事委員会は23年6月、「無人航空機飛行管理条例」を発表しました。仮に「中国のeVTOLは人民解放軍の影響下にある」との主張が米国で広がる事態になれば、半導体の二の舞になりかねないでしょう。