株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ち上がったのに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第1回は「一帯一路」です。
論議を呼んだ「中国版マーシャルプラン」
中国ではしばしば、政策スローガンが四字熟語の形で打ち出されます。「一帯一路」は日本の媒体でもみかけることが多いもスローガンの一つでしょう。日本のメディアで取り上げられる際の説明は、今でこそ”広域経済圏構想“などとあっさりしたものですが、かつては長々と説明する必要がありました。
「一帯一路」とは文字通り一つの帯と一つの路の意味です。うち、「帯」は「絲綢之路経済帯(シルクロード経済ベルト)」を、路は「21世紀海上絲綢之路(21世紀海上シルクロード)」を指します。この構想は当初から、習近平国家主席肝いりの政策として中国株式市場で注目を集めました。習氏は2013年9月、カザフスタンで新たな協力のモデルとして「シルクロード経済ベルト」の共同建設を提唱。翌月にはインドネシアで中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)運命共同体構想を示し、「21世紀海上シルクロード」の共同建設とアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を表明しました。
海の陸の2つの新しいシルクロードが中国と西欧を結び、アジアやロシア、アフリカを経由して盛んに東西交易が行われる…。「一帯一路」という命名からは、壮大かつロマンチックなイメージが浮かびます。もっとも、金融市場が抱いたイメージははるかに即物的な、「中国版マーシャルプラン」でした。マーシャルプランは、第2次世界大戦後に米国が主導した欧州復興策です。米国が多額の経済支援と民間投資を供給し、戦後の高度成長につなげました。結果として、米ドルが基軸通貨としての地位を固めたという面があります。
習氏は14年11月に開いた経済政策会合で「一帯一路」の計画策定を打ち出し、同月のアジア7カ国首脳との会合で中国が400億米ドルを出資する「シルクロード基金」を創設すると発表しました。一帯一路をシルクロード沿いの国々が中国と共通の利益を拡大するための共同事業と規定し、中国が資金を提供して鉄道や道路など交通インフラの整備を先行させる方針を示しました。
過剰な生産能力の解消と、人民元国際化の一挙両得
市場関係者は色めき立ちました。折商証券(浙江省杭州市)は同月のリポートで、「中国の対外インフラ投資を中核とする新版マーシャルプランの姿がようやく見えた」と評しています。「資本輸出の拡大により国内の過剰な生産能力を海外に振り向けて経済モデルを転換させ、同時に人民元の国際化戦略を実施する」と述べ、恩恵を受けるセクターとして建設(海外エンジニアリング事業関連)、電力、原子力発電、電力設備、工作機械、港湾、鉄道、空港を挙げました。経済メディアの『一財網』も「過剰な生産能力を消化し、人民元を国際化する一挙両得の計画」だと賞賛し、中国企業の海外進出が加速すると解説しています。
ところが、「中国版マーシャルプラン」という位置付けは中国指導部のお気に召さなかったようで、『人民日報』をはじめとする官製メディアが批判の論陣を張ります。『環球網』の筆致は特に厳しく、14年11月16日付の評論で「一帯一路は中国版マーシャルプランだという言説は、西側メディアが言いふらした。中国で一部の人々が単純に引用し、一帯一路の真の意味を誤解しただけでなく、中国を中傷しようする西側の世論に脚注を追加した」とこき下ろします。さらに、「マーシャルプランには米国の世界覇権という目標が込められていた」「マーシャルプランを推進することで、米国はまず西欧諸国を傘下に収め、ソビエト連邦に対抗する配下にした。しかも次第に超大国の地位を確立していった」と主張しました。対照的に一帯一路の理念は、発展を目的として、参加にいかなる政治条件も付けず、各国が互いに利益をもたらす利益共同体であり、共同発展繁栄の運命共同体だと胸を張りました。
一帯一路のプロジェクトはもうからない?
習近平国家主席が「一帯一路」を提唱してから9年が経ちました。『新華網』がまとめた略史によれば、19年3月末時点で中国政府は125カ国および29の国際機関と173件の合意文書を交わし、「一帯一路」の建設に参加する国はアジア、欧州から南米、オセアニアにも広がっています。参加したのは開発途上国だけではありません。ニュージーランドが17年3月に中国と覚書を交わし、19年3月には主要7カ国(G7)のイタリアも一帯一路の建設を共同推進する覚書を交わしました。参加国の数をみれば、少なくとも中国の観点では一帯一路の理念は実現に向かっているようです。
ただ、証券市場の観点からは別の風景がみえます。ありていに言えば、一帯一路は必ずしも企業にもうかる事業をもたらしてはくれないのです。現時点では、株式投資家が熱い視線を注ぐテーマとは言い難いものがあります。
例として、「一帯一路」の看板事業を取り上げてみましょう。中国政府の専門サイト「中国一帯一路網」のトップページに特筆されているのは「中欧班列(トランス=ユーラシア・ロジスティクス)」と「中国・パキスタン経済回廊(CPEC))」の2事業です。
中欧班列は中国と欧州を結ぶ貨物鉄道で、中国とロシア、ドイツの鉄道会社による合弁事業です(中国の運営主体は非上場の国有企業、中国国家鉄路集団)。今となっては目をむくような組み合わせになってしまいましたが、発足当時は経済合理性が十分ありました。実際、運行本数は11年に運行本数17本で営業を開始し、20年には運行本数が前年比56%増の1万2400本に達しています。しかし、ロシアがウクライナに侵攻したことで、成長にブレーキがかかるかもしれません。ロシア経由の輸送を回避する運輸会社が増えれば、中欧班列を定期運航する意義が薄れてしまうのです。
CPECは、経済発展が遅れていた国々と地域を結ぶ港湾や道路、鉄道などのインフラを整備する「一帯一路」の主軸ともいえる大事業で、投資計画は600億米ドルに上るとされています。ところが投資と開発が思うようにはかどらず、パキスタンの経済発展への寄与がはっきりしません。それどころか、「中国側だけが得をして、事業の現地であるパキスタンの国民への経済的な恩恵が感じられない」という不満の声も聞かれます。国際通貨基金(IMF)理事会は今年8月、パキスタンへの11億米ドル超の追加支援を承認しました。米パシフィック・フォーラムによれば、外貨準備が不足し、インフラ整備のために中国から受けた融資やその他の対外債務の返済が追いつかなかったことが一因といいます。
インフラ整備が呼び込む経済成長が成功の証
米シンクタンクのリポートでは、「一帯一路」事業での融資のうち、金利の減免などを行った債権は2020-21年だけで計520億米ドルと、18-19年の3倍超に膨らみました。CPECに限った話ではありませんが、そもそも経済成長が軌道に乗りきっておらず、政情に不安が残る国でのインフラ事業にはリスクがつきまとうものです。政治的思惑から、経済合理性を欠いたプロジェクトが進んでしまうことがあります。
一帯一路の理念は利益共同体とうたわれていますが、裏を返せば中国も共同事業で一方的に損をかぶるつもりはないということ。例えばスリランカ政府が10年に建設した南部のハンバントタ港は、中国への債務返済が滞ったあげく、17年に経営権を中国国有企業の招商局海口(香港市場に上場しています)に経営権を譲渡しました。経営期間は99年だったこともあり、中国が借金のかたに重要インフラを取り込む「債務の罠」だとの批判が巻き起こったことをご記憶の方も多いでしょう。
こうした融資焦げ付きについては、責任の所在を巡って中国にも言い分はたっぷりあるでしょう。しかし結局のところ、インフラ整備が起爆剤となって発展途上国の経済が成長しなければ「一帯一路」は成功とはいえません。そうなって初めて、株式投資家も含めた“利益共同体”が実現したと評価されるのではないでしょうか。