株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第3回は「自由貿易港」です。
2025年に関税ゼロ、改革開放をけん引する海南自由貿易港
自由貿易港は、中国の改革開放の重要な成果の一つと位置付けられており、習近平国家主席の肝いりとされるテーマです。中国共産党が2021年11月の第19期中央委員会第6回全体会議(6中全会)で採択した「歴史決議」には、「改革開放の全面的深化」の事例として自由貿易試験区と海南自由貿易港の建設が記載されました(ほかに、このシリーズの第1回で取り上げた「一帯一路」も挙がっています)。
2022年9月までに、中国の主な省と市に21カ所の自由貿易試験区が設置されましたが、「自由港」建設が決まっているのは海南省だけです。同省は中国最南部の海南島と周辺の島々で構成され、「中国のハワイ」と呼ばれる海浜リゾートが盛んな地方ですが、今や中国の貿易と投資の自由化・円滑化をリードする省として「歴史決議」に記載されるようになりました。
もともと、市場関係者は自由貿易試験区を李克強首相が主導する経済政策の一環とみなされていました。2013年9月に設置された上海市を皮切りに、15年4月に広東省、天津市、福建省、17年3月に河南省、湖北省、重慶市、四川省、陝西省と経済規模が比較的大きい省と都市での発足が続きました。
ところが18年4月、習近平国家主席が海南省経済特区30周年記念大会で、海南島全体を自由貿易試験区にすると表明しました。それだけではなく「海南が中国の特色ある自由貿易港の建設を着実に進めることを支持する」と述べました。実際、同年10月に同省の自由貿易試験区が発足します。さらに「海南自由貿易港建設総体方案」が20年6月に発表され、これに基づく「海南自由貿易港法」が21年6月の第13期全国人民代表大会常務委員会第29回会議で可決、即日施行されました。
上海自由貿易試験区も15年4月と19年7月に面積が広がり、規制緩和を一層進めることが宣言されたのですが、自由貿易港にする計画は決まっていません。自由貿易港テーマの代表的な関連銘柄と言えば、かつては天津港発展(03382)や厦門港務発展(000905)、珠海港(000507)のように自由貿易試験区が設置された港湾が挙がっていたのですが、今では海南省を拠点とする企業が目立ちます。例えば『証券時報』がリストアップした注目銘柄は、上海と香港に重複上場する中国旅遊集団中免(601888/01880)を筆頭に、定期船運航会社の海南海峡航運(002320)、建材メーカーの海控南海発展(002163)、民営自動車メーカーの海馬汽車集団(000572)などです。
香港は単なる経済特区になる?
「総体方案」によると、2025年には海南省は「貿易と投資の自由便利化を実現し、中国大陸と独立した関税区」となり、原則関税ゼロとなる計画です。2035年には「貿易、投資、クロスボーター資金の流動、人員往来、運送の自由便利化、通信データの安全と秩序的な伝送を実現」、2050年には「国際的な影響力を持つハイレベルな自由貿易港として建設」と3段階に分けて発展していきます。
香港の証券市場関係者にとって自由貿易港は大きな投資テーマであることは間違いありませんが、一方で疑念もくすぶりました。ヒト、モノ、カネが本当に自由に移動できる特別な都市が中国本土にあるなら、香港を代替できてしまう、という心配です。台湾シンクタンクの中華経済研究区域発展研究センターの劉大年・主任が20年6月に『経済日報』に寄せた評論で、こうした見方を率直に示しました。「海南自由貿易港の建設は新たな一国二制度だ」「海南島の特殊化と香港の制度を本土に近づける正常化は、関連付けて考えざるを得ない。中国指導部は海南を香港の代わりにするつもりではないか」と述べています。
もちろん、中国当局者は「海南は第2の香港論」を否定しています。国家発展改革委員会の林念修副主任は「総体方案」の発表会見で「海南自由貿易港と香港は位置付けが違い、重点発展産業も同じではない。互いに補う部分が競争よりも大きい。香港への打撃にはならない」と述べました。ただ、「海南に自由貿易港を建設する過程で、粤港澳大湾区(広東省・香港・マカオ・グレーターベイエリア)との連動した発展を一段と強化する」と付け加えています。しかしこの未来図のなかでは、香港は中国の区域経済圏で機能を分担する都市の一つとなり、結局は現在のような特別な地位を失いかねず、香港人の警戒は和らぎそうにありません。
国際化したいが、相場を市場に任せきりにしたくない:人民元の悩み
では、2025年には海南省が香港と対抗しうるような自由貿易の拠点になっているのでしょうか。最大の課題は資本移動の自由の容認でしょう。中国政府は長年、「人民元の国際化」を掲げていますが、人民元相場を市場の機能に任せきりにするつもりはないようです。ただ、「通貨の安定」と「独立した金融政策」、「自由な資本移動」を同時に実現することは原則できません。いわゆる「国際金融のトリレンマ」です。
香港ドルは米ドルとのペッグ制による「通貨の安定」と「自由な資本移動」を選び取り、結果として金利設定は米国に追随することになりました(独立した金融政策の放棄)。では人民元と言えば、金融政策の独立を保ちつつ、自由な資本移動に向けて人民元の国際化を漸進的に進め、人民元相場は市場で決める度合いを高めています。いずれは「自由な資本移動」を達成したいが、「通貨の安定」をすっかり手放す気になれないという状態です。
中国の自由貿易試験区が担う重要な機能の一つが、地域限定で「自由な資本移動」を認めることです。海外から多くの資本を呼び込み、外資企業を誘致するために不可欠だからです。しかし上海に自由貿易試験区が発足してから9年が経過した今も、海外の企業が期待していたほど資本の自由な移動が認められたとは言えません。はたして3年後には海南自由貿易港が人民元の国際化や資本取引の自由を高水準で実現するのか、それとも香港ドルを持つ香港が資本移動の面では独自の地位を保つのか、当面は証券市場で期待と不安が交錯していくことになりそうです。