中国株、あのテーマはどうなった?

第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」

「郷村振興戦略」は前回ご紹介した「新型都市化」と対をなす中国の政策と言ってよいでしょう。中国に限った話ではありませんが、都市化の問題は農村の問題と表裏一体です。中国では経済が急成長するにつれ、都市居住者の所得が大幅に増え、整備されたインフラと充実した公共サービスを享受できるようになりました。しかし農業の近代化はいまだに途上。農村の発展は都市に追い付けず、農民は経済成長の恩恵を都市住民ほどには実感できていません。「三農(農業、農村、農民)」問題は中国の為政者にとって長年の課題になっています。


党と社会が全力を挙げて郷村振興を全面推進

「常に三農問題を全党の最も重要な仕事として解決に取り組み、郷村振興戦略を実施する」。中国の習近平国家主席は。中国共産党が2017年10月に開いた第19回党大会でこう述べました。習氏肝いりの戦略だけに、その後の全国人民代表大会(全人代)の政府活動報告はもちろん、重要な政策文書にたびたび盛り込まれています。


例えば中国共産党中央委員会と国務院(内閣に相当)が23年2月に公表した「2023年に郷村振興の重点工作を全面推進する意見」は冒頭で、社会主義現代国家を全面的に建設する上で、最も困難で責任の重い任務は依然として農村にある・・・党と社会が全力を挙げて郷村振興を全面推進し、農業と農村の現代化を加速する」と檄(げき)を飛ばしました。


目標達成の期限は2050年

実は、同戦略が目指す具体的な成果はさほど目新しいものではありません。食糧の安定供給に向けた生産体制の確立や耕作地と農業インフラの整備、農業関連の技術革新、農民の所得増加と貧困層対策、農村経済を支える新産業の振興、農村を支える生活インフラ施設の建設と環境保護の両立、農村向けの金融・保険の開発・提供、高等教育を受けた人材の就業支援などです。


ただ、都市と農村の格差は中国の社会と体制に深く根差す問題だけに、郷村振興戦略の目標は長い時間をかけて達成していくものとされています。17年12月に開かれた中央農村工作会議は「2020年までに、郷村振興で重要な進展があり、制度の枠組みと政策体系の基本を形成」「2035年までに決定的な進展があり、農業と農村の現代化が基本的に実現」「2050年までに郷村の全面的な振興、強い農業、美しい農村、富裕な農民を全面実現する」と決めました。


これほど広範な課題を含む長期戦略は、多様な切り口を備えるだけに、投資戦略に落とし込むのは簡単ではないでしょう。ここでは、最近発表された「中証農銀郷村振興指数」を手掛かりに、中国本土の投資家が郷村振興戦略テーマ株とみなしている銘柄を探っていきます。


自動車や家電も取り込んだ「郷村振興指数」登場

この指数は「CSI300指数」などで知られる中証指数が23年6月19日から提供しています。構成銘柄は、上海証券取引所と深セン証券取引所に上場している農業関連の製造業や建設業、消費財のセクターから、自己資本利益率(ROE)と成長性の高さを基準に選ばれています。現在は100銘柄で構成されています。


主な構成銘柄は、農業機械大手のファースト・トラクター(601038)や、食品・飲料セクターから河南双匯投資発展(000895)、牧原食品(002714)、内蒙古伊利実業集団(600887)、仏山市海天調味食品(603288)、家電セクターから美的集団(000333)、海爾智家(600690)、自動車セクターからBYD(002594)、重慶長安汽車(000625)、建設関連セクターから安徽コンチセメント(600585)、上海隧道工程(600820)、電機・電子セクターからTCL中環新能源科技(002129)、隆基緑能科技(601012)などです。



構成銘柄を見る限り、農機メーカーや種苗会社に加えて、農産物の加工食品会社、インフラ建設会社、太陽光発電関連も郷村振興戦略から恩恵を受けると期待されているようです。「なぜ、家電や自動車が郷村振興戦略のテーマ株なのか」といぶかしむ方がいらっしゃるかもしれません。これは、農村に都市と同様にスマート家電や新型エネルギー車を普及させるため、購入補助や販売・輸送チャネル開拓支援などを含む手厚い助成措置が導入されていることが理由と思われます。

この連載の一覧
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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