中国株、あのテーマはどうなった?

第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」

「工業インターネット(工業互聯網)」は、いわば産業版のインターネットです。製造業サプライチェーン上のあらゆる機器と製品、人が相互にデータをやり取りするためのインフラとアプリケーションの総称であり、中国では「製造強国」を目指すための重要な基盤の一つと位置付けられています。


源流は独「インダストリー4.0」

コンセプトの源流はドイツ政府が2011年に打ち出した「インダストリー4.0」(第4次産業革命)です。情報技術(IT)を駆使して製造業のデジタル化を進め、生産性が高いだけでなく細分化された多様なニーズに即応できる製造業を打ち立てようという政策でした。


2012年には米ゼネラル・エレクトリック社(GE)が対抗するかのように「インダストリアルインターネット」構想を提唱しました。中国はこれをお手本としたようで、インダストリアルインターネットは工業インターネットの英訳となっています。


17年11月、中国指導部は工業インターネットの政策綱領を発表しました。国務院(内閣に相当)の「“インターネット+先進製造業”が深化して工業インターネットに発展することに関する指導意見」がそれです。「インターネット+」とは当時の首相、李克強氏が提唱したIT活用政策のスローガンです。その後も工業インターネットは重要な政策文書にたびたび登場し、21年3月発表の「経済社会発展第14次5カ年計画(2021-25年)および2035年長期目標綱要)」では、「工業インターネットを積極的、安定的に発展させ、工業インターネットをデジタル経済の重点産業にする」との方針が示されました。


市場の急成長に期待大、注目集める「5G+」

中国の市場関係者は工業インターネットの成長に大きな期待をかけています。調査会社のIDC中国は22年10月発表のリポートで、中国の工業インターネットのプラットフォームおよびソリューションの市場規模が25年に56億1000万米ドルに達し、2021-25年の年平均増加率(CAGR)は29.6%となる予測を明らかにしました。中国インターネット情報センター(CNNIC)」の第51次「中国インターネット発展状況統計報告」によると、工業インターネットシステムの建設が進んだ結果、「影響力を持つ工業インターネットプラットフォーム」は22年末時点で240カ所に達しました。「“5G+工業インターネット”の発展が従来型産業の技術向上とモデルチェンジを促し、人と機械、モノが全面的につながる新型生産方式の導入と普及が加速する」と同報告は述べています。


「5G+工業インターネット」は足元で注目が高まっているテーマです。5Gは「高速通信規格」として知られていますが、特長はむしろ大量の情報を遅延なく届けられることにあります。サプライチェーン上の製造企業の機器が継続的に大量のデータを交換する工業インターネットを実現するには、必須の技術要素となります。中国工業情報化部は今年4月、「工業インターネットのイノベーション発展行動計画(2021-23年)」の仕上げとして5G+工業インターネットの振興措置を実施すると表明。一定条件を満たす地方が率先して試行プロジェクトを立ち上げるよう奨励しました。



テーマ株は中国3大通信キャリア

香港の株式市場関係者が「5G+工業インターネット」のテーマ株として真っ先に思い浮かべるのは、チャイナ・モバイル(00941)、チャイナ・ユニコム(00762)、チャイナ・テレコム(00728)でしょう。5Gのインフラを担う中国の3大通信キャリアです。『香港経済日報』は今年4月、「5Gによる高速で遅延の少ないデータ伝送とアクセスの安定が、工業インターネット実現の先決条件」だと報じ、3社を注目銘柄に挙げました。


3大通信キャリアの側から見ると、工業インターネットは今後の成長のカギを握る業務です。『香港経済日報』は「3社の2022年12月期財務報告を子細にみると、工業インターネットはすでに中国通信株の主要な成長の原動力になっている」と伝えました。


同紙によれば、3社は財務報告で売上高の内訳を示す際に必ずしも「工業インターネット」というカテゴリーを設けておらず、単純な比較はできませんが、類推は可能です。例えばチャイナ・テレコムが22年12月期財務報告で開示している「産業デジタル化サービス部門」の売上高は1178億元で、前年比19%増えました。部門の業務内容はIoTや、デジタル化プラットフォームおよびビッグデータ、ネットワーキング専用線、業界別クラウドおよびデータセンターなどです。


同年のチャイナ・モバイルの「デジタルトランスフォーメーション部門」売上高は前年比30%増の2076億元でした。これには個人向け新事業(モバイルクラウドディスクなど)、スマートホーム付加価値業務、政府系企業向けクラウド、データセンター、情報通信技術 (ICT)、IoT、専用線サービス、新興市場サービスが含まれています。


『香港経済日報』によれば、中国通信キャリア業界で工業インターネット事業の旗手と言えるのはチャイナ・ユニコムです。IoTやクラウドコンピューティングを含む部門売上高は前年比29%増の705億元でした。同紙はチャイナ・テレコムとチャイナ・ユニコムの工業インターネット関連部門はチャイナ・モバイルよりも「純度が高い」と評価しています。


この連載の一覧
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
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【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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