株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第13回は「国産旅客機」です。
「C919」初号機、中国東方航空に納入
12月9日に上海市の空を見上げたなら、見慣れないジェット機が東から西へ横切るのが見えたかもしれません。だとすると、中国の民間航空史上、画期的な出来事を目撃したことになります。同国が十余年をかけて開発した国産旅客機「C919」を中国東方航空に引き渡す納入フライトだったからです。
上海の浦東国際空港から虹橋国際空港まで、飛行時間はわずか20分ほどでしたが、開発元の中国商用飛機(COMAC)は「わが国の大型飛行機事業が発展する新たな一里塚」だと意義を強調しました。経済ニュースサイト『中国証券網』によると、中国東方航空は上海の2空港と北京首都国際空港を拠点にC919の試験飛行を進め、早ければ2023年春にも商業運航を始めます。上海、北京、西安、昆明、広州、成都、深センなどの国内主要路線に就航させるといいます。
外皮は国産、心臓は外国製
C919は座席数が158-192席、航続距離が4075-5555キロメートルで、競合する機材は米ボーイングの「B737」や欧州エアバス「A320」などです。2007年に中国共産党の中央政治局常務委員会が開発を正式承認し、欧米メーカーが寡占する市場への新規参入を目指す国家事業となりました。
ただ、C919の先行きが「視界良好」とは中国のメディアや証券会社ですら考えてはいないようです。まず、「国産旅客機」と言いながら、心臓部と言えるエンジンを含め、部品の4割を海外に依存しています。浙商証券(601878)は12月10日付のリポートで、「C919のサプライヤーに占める外資と合弁企業の比率が高い」と指摘しました。例えばエンジンを供給するCFMインターナショナルは、仏サフランと米ゼネラル・エレクトリック(GE)の航空機エンジン部門であるGEアビエーションとの合弁会社。機体搭載システムは利幅の大きい製品ですが、残念ながら国産化率はやや低いほうです。一方、機体製造は国産化率が高く、最大のサプライヤーは国有企業の中国航空工業集団(AVIC)傘下の中航西安飛機工業集団です。
海外市場への通行証、「型式証明」を取得できるか
さらに、海外市場の開拓も難航しそうな雲行きです。中国商用飛機はC919の引き渡しにあたって「世界の航空会社と旅客にさらに多くの選択肢を提供する」「グローバル航空旅客の需要に応える」と意気軒高でしたが、機体の安全性を認証する型式証明を欧米当局から取得できていません。中国民用航空局の型式証明は22年9月29日に取得したものの、通用するのは国内だけ。海外進出には米連邦航空局(FAA)と欧州航空安全局(EASA)の認証が必須です。
中国メディアの『観察者網』に言わせれば、海外でC919に吹き付ける逆風の責任は、少なからず米国にあるそうです。12月11日付コラムで、「中国を圧迫する政策を続けるバイデン米政権がC919を不当に扱うかどうかは未知数だ」と述べ、「重要なのは経済関係が強まる中欧と航空分野で協力し、C919が欧州のEASAから認証を得られる環境を作ることで、米FAAの認証にこだわることはない」と強気の論陣を張っています。しかし、中国商用飛機が開発して2016年に商業運航を始めたリージョナルジェット機「ARJ21」も、未だにFAAとEASAの型式証明を得ていません。
強みは広大な国内市場と手厚い支援策
もっとも、C919がビジネスとして離陸できないと決めつけてしまうのは間違いでしょう。海外市場と対照的に、国内では圧倒的な優位に立てるからです。そもそも、広大な国土を持つ中国では航空機の需要がとても大きいことがあります。中国商用飛機の予測では、中国の旅客機数は2041年までに1万機を突破し、世界市場シェアは首位の21.1%となります。向こう20年間に中国へ9284機の旅客機が引き渡され、市場総額は9兆元を超える見込みです。
次に、売り手と主要な買い手がともに中国の国有企業の傘下にあるため、中国政府が将来にわたって一定数以上の受注を保証できます。中国商用飛機も中国東方航空を含む中国3大航空会社も、支配株主はいずれも国務院国有資産監督管理委員会が直轄する「中央企業」と呼ばれる国有企業です。
中国商用飛機の公開情報によれば、C919は中国東方航空が21年3月に5機発注したのを皮切りに、28社から計815機を受注しました(1機当たり価格は6億9000万元)。さらに、11月8日に開幕した中国国際航空宇宙博覧会(珠海エアショー)でデモフライトを披露し、国銀金融租賃(01606)などの国有銀行系列リース会社7社から計300機を受注しました。
「デカップリング」のエアポケットが待ち受ける?
C919を待ち受ける最大の乱気流は、欧米諸国と中国のサプライチェーンの分断、いわゆる「デカップリング」でしょう。C919は中国の政財官の総力を結集した成果ですが、中国指導部が想定していたよりも時間がかかり過ぎました。15年前であれば、航空機のサプライチェーンを自国の勢力圏内に構築するという発想は、途方もない無駄だと受け止められたでしょう。当時の米大統領はジョージ・W・ブッシュで、経済面で関係を深めていった時代です。ブッシュ大統領は在任1年目の2001年に中国の世界貿易機関(WTO)加盟を受け入れました。また、リーマンショック後の世界金融危機に直面したブッシュ政権が国債増発を余儀なくされた際、大量に引き受けたのは中国でした。ブッシュ大統領が退任する直前の2008年には、中国が世界最大の米国債保有国となっています。
しかし、その後のオバマ、トランプ、バイデンの各政権は、中国をはっきりと政治・経済における米国の覇権に挑戦する国家と位置付け、中国が米国と同盟国から先端技術とハイテク製品を簡単には入手できないようにする措置を相次いで打ち出しています。こうした事情は、このシリーズで以前に取り上げた「リチウムイオン電池」や「半導体の国産化」のなかでもご紹介しました。
中国指導部にしてみれば、自国で中核技術と製造技術、サプライチェーンを確立しなければ米国を中心とする先進国の規制措置に脅かされる図式は、旅客機にもあてはまります。エンジンをはじめとする主要部材の国産化も、海外市場の開拓も、困難を極めることは承知の上で追求し続けるでしょう。
航空機は部品や材料、制御システムの品質と信頼性に対する要求水準が高いのが当然です。C919の離陸は、旅客機国産化の実現にとどまらず、高い技術に支えられたすそ野の広い産業の確立を目指す国家政策の重要な節目でもあります。投資家は当面、国内航路でのC919の就航状況に注目し、将来の発展を推し量ることになりそうです。