今回取り上げるのは「中特估」です。中国語の表記ということもあって、日本の投資家にとっては耳慣れないだけでなく、意味が汲み取りにくい言葉かと思います。しかし中国では、証券情報メディアが伝えるニュースのヘッドラインにたびたび登場しており、相場全体を動かすテーマとして証券市場で注目を集めています。
中国の特色を備えた企業評価を構築
「中特估」は「中国特色估値体系」の略称です。和訳すれば「中国の特色あるバリュエーション体系」。つまり、中国ならではの事情を反映させた企業価値の評価方法、とお考え下さい。最近、このホットワードを踏まえて「中国独自のバリュエーションの下では、国有企業の企業評価が高まる。したがって国有企業のプレゼンスが大きい通信や建設、エネルギー、金融、軍需関連などのセクターへ資金が流入する」という論調の投資戦略リポートが目立つようになりました。テーマ株として取り上げられるのは、配当性向が高くてキャッシュフローも潤沢なのに、バリュエーションが低いとされる銘柄です。
「中国特色估値体系」が市場関係者の関心を集めたきっかけは、証券業行政を管轄する中国証券監督管理委員会(CSRC)の易会満主席が2022年11月21日に行った講演です。北京で開かれた「金融街フォーラム年次総会」で、易主席は「中国の特色を備えたバリュエーション体系の構築を検討し、市場の資源配分機能がより良く発揮されるようにする」と述べ、足元で資本市場の機能の発揮を制約している要素の一つが「中国の特色に対する理解が深まっていないこと」との見解を明らかにしました。
欧米のバリュエーション手法は中国になじまない?
証券業行政を管轄する当局のトップの発言ですから、中国の証券市場関係者は色めき立ちました。中国政府が国有企業のバリュエーションを引き上げるため、現在用いられている評価体系(つまり欧米から持ち込まれた基準)に代えて独自の評価基準を導入するのでは、という思惑が広がったのです。
例えば湖南省が拠点の財信証券は5月初め、中特估テーマのリポートで「欧米のバリュエーション体系は私利に重点を置き過ぎ、公共利益をあまり考慮しない。国有企業の価値が不当に低く評価されてしまう」と断じ、中国企業と西側諸国企業は単純なバリュエーションで比較できないと主張しました。同社によれば、PBR(株価純資産倍率)中央値で比較すると中央企業(中国の中央政府が管轄する国有企業)は民営企業より9.58%割安な水準、地方政府が管轄する国有企業は19.74%割安な水準にあります。
国有企業の再評価に踊る中国の証券会社
もっとも同レポートは同時に、国有企業が経営改善に向けて行うべき自助努力の余地は大きく、中国の資本市場はまだ成熟していない、と指摘しています。CSRCの易主席にしても、西側基準の評価体系の代わりに中国基準の評価体系を使うと表明したわけではなく、「資本市場の一般的な規律を尊重しつつ、中国の特色を取り込む独自の路を行く」と強調しました。しかし、国有企業のバリュエーションを高めるテーマとして中特估をはやす動きは過熱していきます。5月15日付の経済週刊誌『経済観察報』によると、証券会社は中特估関連の投資説明会を頻繁に行い、多い時には1日に4社の催しが重複したそうです。
実際、今年4月以降、中特估テーマの買いが通信セクターや銀行セクターの主要銘柄の株価を押し上げる展開が目立つようになりました。国有企業の経営効率は中国当局が長年取り組んできにも関わらず、鮮明な成果を上げられずにいる難題です。「企業価値を手っ取り早く高めるには、評価の物差しを取り換えれば良い」との発想が、一部の中国証券会社を突き動かしたのかもしれません。
「中国の特色」は誰が決めるのか
市場の活況自体は歓迎すべきことですが、大きな問題が存在しています。そもそも易主席は講演で「中国の特色」とは何を指すのか、はっきりと説明していません。中国の特色を備えたバリュエーション体系の具体的な中身を、市場関係者は知らされずにいるわけです。その結果、『経済観察報』に言わせれば、中特估は従来のバリュエーション手法と何が異なり、当局がこの概念を提示した意図は何なのか、市場関係者は全く解明できていないという事態に陥りました。「コンセプトがはっきりしていないのに、市場の各方面で“中特估”の大合唱が起きている」と、同誌のコメントは冷ややかです。
では中国の市場関係者は、易会満氏がいずれ「中特估」をつまびらかに解説するのを待てばよいのでしょうか。事はそう簡単に進まないかもしれません。実は、「中国特色」は中国の政策文書ではよく目にする字句です。多くの場合、文書の冒頭部に「習近平新時代中国特色社会主義思想」という形で登場します。「中国特色」が習近平国家主席・中国共産党総書記の思想と分かちがたく結びつくとすれば、その中身を断言できるのは習氏にほかならないでしょう。