株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第8回は「国有企業改革」その2です。
「専業化整合」の号令で、国有企業の事業再編が再起動か
前週に公開した「国有企業改革」その1は、「より強く、より優れ、より大きくの行く先は?」という疑問で締めくくりました。株式市場から見れば、国有企業の再編がどのように進められるかによってテーマ株の焦点が定まるからです。この疑問への回答となりそうな記事が官製メディアに載りました。11月9日付『経済日報』が1面で掲げた論説「専業化整合が中央企業改革の重点」がそれです。
この論説によると、「専業化整合」とは企業の間で資産再編や出資、資産交換、無償譲渡などの手段で、資源を有力企業に集中させることを指します。「国有資本と国有企業をより強く、より優れ、より大きくするための有力な措置であり、企業の核心競争力を高め、世界一流企業の建設加速に有効な経路となる」と同紙は述べました。こうした言い回しは、中国指導部が打ち出す国有企業政策(例えば習近平総書記が主宰する中央全面深化改革委員会が2020年11月に決めた「新時代に国有経済配置の最適化と構造調整を進めることに関する意見」)の引き写しです。要は習氏が提唱した指針が基盤だと言っている、と考えておけば良いでしょう。
どうやらこの論説はどうやら単なる掛け声ではない、という気がします。なぜなら、前週に上海証券取引所が国有大手3社と相次いで戦略提携していたからです。近いうちに国有大手と傘下上場企業の統合再編の新たな波を引き起こされるかもしれません。
中央企業3社が上海証取と提携、事業部門の上場に意欲
上海証取と提携した中央企業3社は、中国航空工業集団(AVIC)、中国航天科工集団(CASIC)、中国華電集団(CHD)です。中国航空工業集団の何勝強副総経理は3日の提携合意署名式で、ドローン事業子会社の中航(成都)無人機系統を上海証取のハイテク新興企業向け市場「科創板」に上場したことを例に、「資本市場を積極的に利用して企業の質の高い発展を推し進める」と表明しました。4日に提携合意署名式を行った中国航天科工集団と中国華電集団の会長も、それぞれ提携の狙いとして傘下企業の上場推進を挙げました。
3社はいずれも中国の国務院(内閣に相当)が管轄する「中央企業」です。中国には地方政府が管轄する国有企業があり、それと区別する意味もあってこう呼ばれています。一方、上海証取も中国証券監督管理委員会が管轄する公的機関です。今回の提携は実質的には国有法人間の事業協力であり、目指すところは指導部が打ち出した政策の実現です。
当然ですが、中央企業3社が実質支配株主となっている上場企業が市場関係者の注目を集めています。中央企業が事業を公開する手段は、何も新規株式公開(IPO)だけとは限りません。既存の傘下上場企業に事業資産を注入すれば、部門の実質的な上場が果たせます。
中国航空工業集団が支配する上場企業をみてみましょう。上海市場だけでも中航直昇機(600038)、江西洪都航空工業(600316)、中航航空電子系統(600372)、貴州貴航汽車零部件(600523)など11社があります。中国航空工業集団はこうした銘柄を、戦略提携の下で資産注入の受け皿として利用できるわけです。深セン市場や香港市場に上場している中国航空工業集団系の企業も事業再編に参画する可能性があります。深セン市場には天馬微電子(000050)や中航西安飛機工業集団(000768)など9社、香港市場にはアビチャイナ(02357)など3社が上場しています。
中国航天科工集団は上海市場に航天信息(600271)など3社を上場しています。ほかに深セン市場に社、香港市場に宏華集団(00196)が上場しています。中国華電集団は上海市場に華電国際電力(600027)と華電能源(600726)を上場。華電国際電力は香港市場に重複上場しています。
焦点は戦略的新興産業、米政府による規制リスクも
3社の提携がきっかけとりなり、ほかの中央企業が次々と事業の再編統合に取り組めば、「専業化整合」がホットな投資テーマとして浮上する展開がありそうです。冒頭で紹介した『経済日報』の論説は、「先ごろ、中央企業11組の専業化整合プロジェクトの契約が一斉に結ばれた」と明らかにした上で、今年は国有企業改革3年計画の締めくくりとなるだけに「下半期に多数の中央企業が多くの分野で専業化整合を展開する」と伝えています。特に検査・試験、医療・ヘルスケア、設備製造、人工知能(AI)、新エネルギー、クラウドコンピューティング、鉄鋼、物流などの重点分野や戦略的・先進的新興産業で、競争力が高く、資源配置に優れた一流企業の育成が加速していくとしました。
ただ、同紙が触れていない問題もあります。中国が中央企業を軸とする国有企業の強化を急ぐ背景には、米国との対立があるということです。このシリーズの第6回「半導体の国産化」その2でも言及しましたが、中国指導部は米国とのデカップリング(経済的な切り離し)を見据えた経済圏作りを進めています。先進的な技術を海外から取り込んで内製化し、グローバル市場で競争できる製品・サービスを作り出す手法は、過去の成功体験になりつつあると見定めているわけです。
中央企業グループ同分野で競い合っていては、国有資本の最適配置、つまり収益性が高く成長性の高い分野に資金と資源を集中配分することが難しいので、中央からの統率が行き届くように国有企業も整理すべき・・・「専業化整合」もこの発想に基づいた施策の一つです。
ただ、この発想の下で形成された強大な中央企業グループは例え資本市場で株式を公開していても、現在の米国では「政府の出先機関」扱いです。つまり、米国市場から締め出され、米国人による投資を制限され、米国製の技術・製品の入手を妨げられるリスクがあるわけです。
実際、前述の中国航空工業集団と傘下企業は、米商務省の「軍事エンドユーザーリスト」や米財務省の「中国軍産複合企業リスト」に収載されました。同社は戦闘機や軍用ヘリコプター、軍用輸送機、ドローンなどの軍需事業が主力部門ですが、一般航空機、航空機用電子機器の製造も手掛けており、こうした部門の一部子会社が上場しているのです。同社グループに限らず、上場企業が支配株主である中央企業から事業部門を譲り受けた場合、当該部門が米当局から「安全保障上の脅威になり得る」と判定されれば、米国企業との取引が規制され、業績悪化につながりかねない事態に投資家は留意する必要があるでしょう。