中国株、あのテーマはどうなった?

第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示

中国指導部、住宅在庫消化策の検討表明

第32回第39回でご紹介してきた「不動産発展の新モデル」に新展開がありました。中国指導部が住宅の在庫消化と新規供給の最適化を目指す方針を打ち出しました。国営新華社によると、習近平総書記(国家主席)をトップとする中国共産党中央政治局は4月30日の会議で「不動産市場の需給の新たな変化と、良質な住宅に対する民衆の新たな期待を結び付け、既存不動産の消化と住宅の増分最適化に向けた政策・施策を包括的に研究する。新たな不動産開発モデルをしっかりと構築し、不動産の質の高い発展を促進する」と決めました。


中国の株式市場を沸き立たせたのは「既存不動産の消化」という一節です。不動産開発業者が抱える売れ残り住宅を一掃するような、強力な支援策を打ち出すに違いない・・・そんな期待から、低迷していた不動産セクターの銘柄が5月に入って買いを集めました。


地方政府が住宅の買い替え支援策を導入

具体的な支援策を巡って、市場ではさまざまな観測が浮上しています。例えば香港メディア『経済通』は5月2日、中国当局が不動産デベロッパーから商品不動産(不動産デベロッパーが市場で販売する物件)を直接買い上げ、低所得者向けの保障性住宅として供用する制度の導入があり得ると伝えました。中国政府は以前から、住宅の購入者への引き渡しと、保障性住宅の建設を推し進めると表明していますから、こうした制度は2つの政策目標を同時に実現する妙手になるというわけです。もちろん、相当な規模の財政支出が必要になります。野村インターナショナルの中国主席エコノミスト、陸挺氏は「中国政府が最終的には政策実施を担う専門機構を設立し、資金を割り当てざるを得ないだろう」とみています。


具体的な住宅在庫の消化促進措置はすでに打ち出されています。中国の地方政府が最近相次いで導入した「以旧換新」がそれです。この制度ではまず、自分の住宅を持っている人が不動産会社から新しい住宅の購入を予約し、手付金を払います。不動産取引の仲介機構が今住んでいる家の売却先を確定した時点で、購入者に新しい家を引き渡すという手順を踏みます。『香港経済日報』によると、深セン、南京、長沙、鄭州、上海などが5月3日までに「以旧換新」を導入しました。



2015年の再現なるか「去庫存2.0」

実は、中国政府が住宅在庫の消化政策を指示するのは初めてではありません。2014年に住宅・都市農村建設部が不動産市場の不況対策の一つとして、在庫消化の推進を掲げました。都市部の住宅購入制限の撤廃や住宅ローン頭金の規制緩和が進められ、株式市場では既存在庫の削減を意味する「去庫存」がホットワードとしてはやされます。『香港経済日報』によると、中央政治局が今回打ち出した政策は「去庫存2.0」という位置付けです。


もっとも、香港の証券会社によるリポートを見る限り、市場関係者の不動産セクターに対する見方は楽観一色ではありません。そもそも、2014年7月には陳政高部長(当時)が「千方百計を用いて在庫を消化する」と宣言しましたが、2024年4月の中央政治局会議は住宅在庫の消化に向けて「包括的に検討する」と決めただけです。JPモルガンは、中国政府が巨額の財政支出を実施し、大規模な開発事業を推進するとは期待できないとみています。「中国政府はもはや不動産業の振興によって景気を刺激しようとは考えていない。政策目標は不動産市況の底入れと住宅価格の安定だ」と述べました。


「去庫存1.0」にしても、実際に効果が出るまでに時間がかかりました。不動産価格が上昇に転じたのは2015年半ばになってからです。決め手になったのは「棚改貨幣化」でした。棚戸区と呼ばれる都市部の老朽街の住民に保証金を与えて立ち退かせ、再開発する政策です。『香港経済日報』によると、中国人民銀行(中央銀行)が担保付き補完貸出(PSL)と呼ばれる融資制度で資金を投入し、「棚改貨幣化」の完了規模は2016年に1億4000万平方メートル、2017年に1億8000万平方メートルに達しました。



住宅神話は崩壊、積年の課題と直面へ

問題は、棚改貨幣化に匹敵する大規模事業を「去庫存2.0」で展開できるのか、という点です。『香港経済日報』は、出稼ぎに来たものの都市に定住できていない農村出身者(農民工と呼ばれます)が「今回の突破口になり得る」としました。中国の制度上、農村の戸籍保有者は都市では自由に住宅を購入できません。計1億7000万人に上る農民工家族に住居を提供する事業が、不動産市場へのてこ入れと農民工問題を一挙に解決できる方策という訳です。


それでも根本的な問題は残ります。住宅価格は上昇し続ける、という中国版の住宅神話はすでに崩れています(第32回)。中国では住宅の購入は資産形成に向けた投資とみなされてきましたが、もはや若年層はこのような展望を持てません。根本的な問題に取り組むとは、高度な教育を受けた若年層の就業機会の拡大や、より優れた資産形成の場となれる資本市場の整備、都市と農村に分けられた戸籍制度の改革、不動産税の導入など、中国指導部が以前から認識していながら積み残してきた課題と一挙に向き合うことを意味します。この課題を乗り越えて、初めて中国指導部が掲げた「不動産発展の新モデル」の構築が達成できるでしょう。

この連載の一覧
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
【中国株、あのテーマはどうなった?】第13回「国産旅客機」苦節15年、来春にも商業運航へ
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【中国株、あのテーマはどうなった?】第3回 香港に取って代わるか、海南島「自由貿易港」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第2回 株式市場となじみきれない「軍民融合」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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