中国株、あのテーマはどうなった?

第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重

東京市場は「スーパーブルマーケット」!?

2月10日は中国の春節(旧正月)でした。その前週、香港のメディアは旧暦の新年を迎えるにあたり「辰年の投資戦略」を提示しています。グロース投資かバリュー投資か、セクター別のポートフォリオ構成はどうあるべきか、などの切り口があるなか、目を引いたのが「日本株推し」です。


13日の東京株式市場で日経平均株価は大幅に3日続伸し、1990年1月以来、34年1カ月ぶりの高値を更新しました。この勢いが続くかどうか、アナリストの予測はさまざまですが、2月9日付『香港経済日報』は「日本株の世紀のスーパーブルマーケットは始まったばかり」と極めて強気な見方を示しました。


同誌によると「スーパーブルマーケット」論の根拠はセンチメント、金融政策、レバレッジサイクル、逆グローバル化の4つ。まず、日経平均が上昇したとは言え、日本の株式市場のセンチメントは同誌に言わせれば Greed (強欲)どころか依然としてFear(恐怖)です。「日本の個人投資家は2023年に日本株を売り続け、総額は3兆円近い。ミセス・ワタナベの保有資産の半分近くを現金が占める前例のない状態にあり、新興国市場の貪欲さとは対照的に日本の株式投資家は極度の恐怖を抱いている」としました。裏返せば、恐怖が薄らげば巨額の資金が株式市場に投入されるという理屈です。


2つめの金融政策での根拠は日銀による長期的な緩和の継続姿勢です。マイナス金利の解除に踏み切る公算が大きくなっているものの、緩和的なスタンスは崩さないとの見立てです。



「レバレッジサイクル」が指しているのは、日本の家計と企業の財務状況です。負債を減らすデレバレッジから、負債が増えるレバレッジに移行するサイクルの変わり目にあるということです。『香港経済日報』によると、日本企業の財務は全体として現金を過剰に抱えたキャッシュリッチの状態。家計も住宅ローンなどの負債が低水準だとみています。「企業と家計が一斉にバランスシートの拡大に転じれば、向こう10-20年の株式相場を押し上げる要因になる」と同誌は論じました。


最後の「逆グローバル化」とは、半導体の産業チェーンなどの国内回帰を指しています。『香港経済日報』は、日本政府は効率より安全保障を優先し、半導体産業に税制優遇や補助金を投じていると指摘。その上で「巨額の投資で産業クラスターを形成しておけば、今後新設する工場のコストパフォーマンスは急速に改善する」として、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県に建設する第2工場を証左として挙げました。


一方、シンガポールの投資顧問会社StashAwayは日本の株式相場を支える材料として「市場構造変革」と「国内企業改革」を挙げました。具体的には、東京証券取引所が上場企業に資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を求め、 PBR(株価純資産倍率)1倍割れの是正を促したことや、新NISA(少額投資非課税制度)の開始を注目の材料としています。


盛り上がらないA株買い直しの機運

日本株が注目を集める一方で、香港メディアが中国の株式市場に向ける視線は冷ややかです。中国本土の主要銘柄で構成するCSI300指数は卯年(23年の春節から24年の春節直前まで)に19.5%下落しました。上海総合指数の下落率は12.2%と戌年(2018年2月16日から2019年2月4日)以降で最大。深セン市場の落ち込みはさらに大きく、深セン成分指数は26.3%、創業板指数は33.2%下げました。香港市場では代表的な株価指数のハンセン指数が6319ポイント下げ、下落率は28%を超えました。ハイテク株で構成するハンセンテック指数も31.6%(1441ポイント)下げました。


これだけ下落すれば、買い直しの機運が盛り上がりそうなものですが、『香港経済日報』は「中国本土の経済指標は強いと言い難く、株価の上昇は限られそうだ」と弱気です。中国本土の不動産市場が依然として低迷し、内需は盛り上がっていないとも指摘しました。野村インターナショナルは最新リポートで、中国政府が景気下支え策を拡大せず、市場センチメントが弱含みな中、「外資がA株とH株を一段と売り出す余地が残っている」と述べ、海外投資家の中国離れに懸念を示しました。


中国当局はA株相場の下落に手をこまねいているわけではありません。春節の前には「国家隊」と呼ばれる政府資金の買い支えや空売り規制などの株価対策を行いました。監督官庁である中国証券監督管理委員会のトップも交代させています。ただジェフリーズは、空売り禁止は短期的にA株相場の下落を抑制できるが、副作用として「長期的バリュエーションは損なわれる」と懸念しています。国家隊の資金投入についても、「これまでのところは規模が不十分」と失望を隠していません。



欧米の景気減速を警戒、米大統領選もリスク

欧米市場への見方も慎重さが目立ちます。まず米国市場については、StashAwayは24年にFRBによる利下げが行われる公算が大きいとする半面、成長率は大幅に鈍化すると予想しています。加えて、同年11月の米大統領選挙が相場の先行きを見通しにくくする要因となりそうです。中国との関係をどうするのか、ロシアとウクライナの戦争にどのように関わるのかなど、外交だけをとっても現職のバイデン氏と共和党最有力候補のトランプ氏とでは政策方針が大きく異なるでしょう。


この連載の一覧
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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