中国株、あのテーマはどうなった?

第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造

「大都市のなかの村」を再開発

中国の大都市には「城中村」と呼ばれる地区があります。直訳すると「都市の中にある村」。都市が周辺にあった農村を飲み込むように急成長した結果、中低層の建物が密集するかつての村落を、林立する高層ビルが取り囲む景観が出来上がりました。


この「城中村」が今年7月下旬、中国の株式市場で話題となりました。きっかけは国務院(内閣に相当)が7月21日の常務会議で、城中村の改造を積極的に進める政策を「指導意見」として打ち出したことです。「指導意見」は城中村改造を「生活を改善し、内需を拡大し、質の高い都市の発展を推し進める重要な措置だ」と位置付け、常住人口が1000万人以上の「超大都市」と500万-1000万人の「特大都市」で促進すると決めました。これを受け、北京や上海、深センといった巨大な都市に残る低開発地区で再開発計画が実施され、関連業界が恩恵を受けるとの観測が浮上しました。


深セン市の城中村


公共性を重視、国有企業が事業を主導へ

『香港経済日報』によると、広西チワン族自治区を地盤とする国海証券は「大都市中心部の土地資源は希少だ」と指摘し、大都市での城中村改造は投資の呼び水となり、開発用地の放出につながると歓迎しました。もっとも同紙は「主導するのは不動産デベロッパーではなく、地方政府が管轄する国有企業になりそうだ」との声も紹介しています。国務院は「指導意見」のなかで「各都市の政府が責任を持って改造計画を策定し、多様なチャネルから改造資金を調達する」と指定しました。地方政府がインフラ債などで資金を調達し、傘下の投資会社を通じて地元の再開発事業を推進する構図が想定されるわけです。


『香港経済日報』はさらに、再開発にあたっては公共性が重視されるとして、賃貸住宅・店舗や駐車場などからの収入を見込むプロジェクトが主軸になり、住宅販売による投資回収は脇役との見方を伝えました。「指導意見」は「民間資本の参与を奨励・支持する」と述べているものの、同紙の見立てが当たっているならば、住宅開発を得意とする民営不動産会社が活躍する余地は小さくなりそうです。


開発用地不足の地方に福音?

国務院がここにきて城中村に焦点を当てた施策を打ち出した背景には、中国共産党の中央政治局(習近平総書記が率いる指導部)が4月の会議で、城中村改造や「平時と緊急時と両用の」公共施設の建設を大都市で推進するよう指示したという事情があります(公共施設建設については、国務院は政策を別途発表済み)。ただ、中央政治局は同時に、地方政府債務の管理を強化し、新たな隠れた債務は厳しく取り締まると表明しました。したがって、地方政府が債務を膨らませることなく、再開発事業を実施する方法を編み出す必要があり、城中村改造に白羽の矢が立ったようです。


地方政府にとって、国有地の使用権を不動産会社に付与して得る収入は歳入の要です。例えば、大規模開発パターンの一つに「棚戸区」と呼ばれるバラック街の再開発事業があります(「棚改」という略称で知られています)。事業を主導する地方政府は国家開発銀行などの政策銀行から融資を受けて建設工事や立ち退き補償の費用などに充て、土地使用権の代金や税収・手数料収入を財源に融資を返済するのが棚改の基本的な仕組みです。ところが再開発が2010年代から盛んに行われてきた結果、改造すべき棚戸区は残り少なくなってきました。国海証券は最近のリポートで、「近年は棚改の量が減り、使用権を付与できる中心部の土地が不足している。城中村改造がこの不足分を補えるのではないか」との見方を明らかにしました。


根本に二元的な戸籍・土地制度、地方政府に難題

注意すべきは、城中村は棚戸区の別称ではないという点です。老朽街区に低所得者が集まり、スラム化する状態は大都市病の一種で、中国に限った話とは言えません。一方、城中村の発生には中国独特の事情があります。都市と農村の戸籍と土地保有形態が別個という、二元的制度がそれです。加えて、中国では土地所有に関する法律が都市と農村とで異なり、農村は耕作地などの集団保有が認められています。こうした農地が膨張する都市に取り込まれた結果、農民が耕作地だった土地に中低層の建物を造り、そこに地方出身の手稼ぎ労働者が流入するという事態が起きました。


こうして出来上がった城中村のなかには、もちろん棚戸区の様相を呈するようになった場所がありますが、中小の飲食店やさまざまな商店が立ち並ぶ独特の雰囲気を持ち、にぎわっている地区もあります。棚改のように、一概に建築基準を満たさない建物を改築し、街路を整備すれば済む問題ではありません。「指導意見」が掲げたように、住民のニーズを最優先しながらセキュリティーと治安の問題を解消しつつ、都市に流入する人々に手ごろな住宅を供給する必要があります。大都市の地方政府は、二元的な戸籍制度と土地保有制度という根本的な問題に手を付ける権限がないまま、債務を抱えずに公共サービスの水準を引き上げるという難題に取り組むことになります。


この連載の一覧
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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