中国株、あのテーマはどうなった?

第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い

バイオ、AI、新型消費が3大テーマ 


香港の株式市場関係者は2024年に新規株式公開(IPO)が持ち直すと期待しています。中国メディア『証券日報』によると、サリバン&フロストの大中華圏パートナー兼取締役総経理の陸景氏は、中国本土企業が香港で株式公開する動きが加速しており、今年は上場申請が大幅に増えて香港市場の相場回復を支えるとの見方を示しました。 


実際、香港証券取引所の公式ウェブサイトには、メインボードへの上場を目指す企業の目論見書草案が今年に入って2月28日までに33件掲載されています。本社所在地で見る限り、すべて中国本土の企業です。より興味深いことに、セクター別ではバイオ、人工知能(AI)、新型消費が目立ちます。つまり、この3セクターが最も資金需要が大きい中国の成長分野ということになります。 


創薬の同源康医薬と九源基因、ライフサイエンス向けソフトウエア開発の太美医療 


バイオ企業の増加には香港証取の規制緩和が寄与しています。2018年2月に革新的バイオ企業については赤字でも上場を認める規定を導入しました。『証券日報』の調べでは、同規定の下で23年末までに63社がメインボードに上場しています(銘柄略称の末尾に「B」が付いています)。 


上場目論見書を今年公表した主な中国バイオ企業を紹介しましょう。まず、創薬会社の浙江同源康医薬( TYK Medicines)です。肺がんを中心に、がん治療に使うバイオ医薬品の研究開発から事業化まで手掛けます。2017年の設立以来、11の新薬候補を見つけ、うち2つは製品化に成功し、5つは臨床試験に入っています。 


次に、杭州九源基因工程 は1993 年に設立。バイオ医薬品および医療機器の研究開発、生産、事業化に携わります。 整形外科、代謝疾患、がん、血液にの4分野の治療に焦点を当てています。 


浙江太美医療科技は中国のライフ サイエンスの研究開発およびマーケティング分野で最大のデジタル ソリューションプロバイダーです(CICコンサルティング調べ、2022年の売上高ベース) 。 ライフサイエンス産業チェーン向けにソフトウエアとデジタルサービスを設計します。2023 年 9 月 30 日時点で、1300 社を超える製薬会社や受託研究機関にサービスを提供しています。 



科大訊飛の医療サービス子会社が注目のAI企業 


AI企業では、音声認識大手の科大訊飛(002230)の子会社、訊飛医療科技が注目を集めます。医療分野の研究開発・サービスを手掛け、AIを活用した補助診断や医療保険管理などのプロジェクトの開発、システム運営、製品販売などを行っています。上場した後も科大訊飛の連結対象子会社にとどまる予定です。 


ほかに、人間とコンピューターが音声で話ができる対話型AI技術を持つ上海声通信息科技や、デジタル決済ソリューションを提供する連連数字科技などの目論見書草案が24年に掲出されました。なお、23年に目論見書が掲出されたAI企業は『証券日報』によると17社でした。 


茶系飲料チェーンにIPOブーム 


新型消費の企業で目立つのはケータリング業者や茶系飲料チェーンです。家庭料理レストランを展開する小菜園国際、「五穀ミルクティー」チェーンの滬上阿姨(上海)実業、タピオカミルクティーやラテ、フルーツティー などを提供するカフェチェーンの四川百茶百道実業、バブルティーチェーン大手の蜜雪氷城、同業の古茗控股が目論見書草案を公開しました。中国本土の茶系飲料チェーンはIPOブームといってよいでしょう。 


1月のIPO、中国本土と米国は増加、香港は減少 


もっとも、中国本土企業が選ぶIPO市場という違った角度から見ると、香港株式市場の24年の滑り出しは好調とは言えません。24年1月のIPO実績で、上海などの中国本土の市場や米国市場に後れをとっているからです。 


投中研究院のデータによれば、1月には25社の中国企業が中国本土か香港、米国で新規公開し、計139億元を調達しました。前年同月比で件数は19.1%増、調達金額は38.6%増です。ところが、そのうち香港でのIPOは5社と前年同月から半減し、調達金額は各社とも10億元未満でした。対照的に、中国本土の上海・深セン・北京でのIPOは好調です。件数は14件と40%増え、調達金額は71.0%増の計118億元に達しました。 


米国市場でのIPOは件数は前年同月の6倍の6件となり、調達金額は8.4%増の2億9800万元。規模は小さいとは言え、件数は急増しています。ほかに、11社の上場申請が受理されました。米証券当局は上場中国企業の会計ルール順守状況に厳しい態度で臨んでいますが、中国企業側が資本調達先としての米国市場に注ぐ視線は依然として熱いようです。 



冒頭に紹介した24年の香港市場IPO好調論には、23年が不調だった反動という面があります。国際会計事務所デロイトによる見通しでは、23年のIPO調達額は前年比54%減の約458億HKドル(約60億米ドル)にとどまります。市場別世界ランキングは22年の3位から6位に転落します。しかし、24年には調達額が約1000億HKドルと前年から倍増し、22年並みの水準に回復すると見込んでいます。米国で金利が低下すれば、香港市場に資金が戻り、IPOの呼び水になるとの見立てです。言葉を換えれば、米国のインフレが鎮静化せず、利下げ開始時期が後ずれすれば、香港のIPOも低迷したままになるリスクがあるということです。


この連載の一覧
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第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
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第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
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第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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