中国株、あのテーマはどうなった?

第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望

新エネルギー車大国で目立たぬ燃料電池車

中国では電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)をまとめて「新エネルギー車」と呼称します。EVとPHVでは世界最大の市場を誇る中国ですが、今のところFCVは目立たない存在です。中国汽車工業協会(CAAM)のデータによると、2023年の中国のFCV生産台数は5600台、販売台数は5800台で、それぞれ前年比55.3%増、72.0%増と成長しましたが、新エネルギー車全体(生産台数958万7000台、販売台数949万5000台)に比べれば微々たるものです。


ただ、水素は燃やしても排出するのは水だけ、という究極のクリーンエネルギー。2060年までに実質的な二酸化炭素(CO2)排出ゼロ「カーボンニュートラル」の達成を目指す中国指導部としては、エネルギー政策のなかで積極的に推し進めたいはずです。FCVの存在感がこれほど薄いのはなぜでしょうか。端的に言ってしまえば、FCVは中国が目指す水素エネルギー体系のなかで重要ではあるけれど、一角に過ぎないからでしょう。


水素社会の実現には巨大なインフラ網が不可欠

FCVは搭載した燃料電池で発生させた電気でモーターを回して走ります。燃料電池は水素と酸素の化学反応で発電するので、燃料は水素です。つまり、FCVにはガソリンスタンドならぬ水素ステーションと、そこに水素を運ぶパイプラインや輸送車、そして水素の電解装置などが立ち並ぶ製造拠点が必要です。


しかも、水素の用途はFCVなどの交通機関の燃料だけではありません。都市ガスのガスのように家庭や企業に燃料として供給できますし、アンモニアや合成メタンなどの原料になります。製鉄所でコークスの代わりに還元剤として使うこともできます。水素社会の実現を目指す国は、遠大な計画を立て、巨額を投じて大規模な水素インフラを整備することになります。FCVだけを先行させればよいというものではありません。



水素産業の中長期計画、2025年にFCV5万台

中国政府はカーボンニュートラル実現へ向けて水素エネルギーを重視しており、すでに関連インフラや法制度を整備する基本計画を策定しています。2022年3月に公表した「水素エネルギー産業発展中長期計画(2021-2035)」がそれです。同計画のなかで、2025年までに中核技術と製造プロセスを基本的に確立させ、FCV保有が約5万台に達し、十分な数の水素化ステーションを整備する目標を掲げました。グリーン水素の製造能力を年間10万-20万トンに拡大して、二酸化炭素の排出量を年間 100万-200万トン削減することを目指します。 


2035年までには水素エネルギーの多様な応用エコシステムが形成され、エネルギー消費全体に占めるグリーン水素の比率を大幅に引き上げるとしています。人材の育成、地域の実情に応じた水素製造・貯蔵・輸送網の整備、水素利用の促進と事業支援、品質規格・安全基準の確立も政策目標として盛り込まれました。


なお、グリーン水素とは、製造工程(電気分解)で再生エネルギーを使った電力を用いたものを指します。水素をつくるための発電に化石燃料を使えばCO2が排出されてしまい、元も子もありません。ちなみに発電を含む製造過程でCOを排出する場合は「グレー水素」、いったん排出するけれど回収していれば「ブルー水素」と呼ばれます。


振興策の具体化を待ち望む産業界、カギは水素市場の整備

中国政府が水素エネルギーを重視する姿勢は変わっていません。今年3月に開かれた第14期全国人民代表大会(全人代)でも、政府活動報告に「最先端の水素エネルギー、新素材、創薬などの産業の発展を加速する」と明記されています。


ただ、中国の水素エネルギー業界では、政府が具体的な産業振興策を打ち出すよう求める声が高まっているようです。中国メディアによれば、研究開発費がかさむ上に再生エネルギー発電の高コストが障壁となって、水素関連事業が収益を上げていないことが理由です。水素輸送を担う企業や燃料電池メーカーの経営者は、産業発展のためには税制優遇策や水素を取引する市場の整備が欠かせないと主張しているといいます。


例えば燃料電池を製造する北京億華通科技(02402)と国鴻ケイ能科技(09663)は、中国では業界大手でありながら、ともに2023年12月本決算が赤字でした。『21世紀経済報道』によると、FCVの台数が増えたものの、燃料電池の価格が低下して採算が悪化したからです。


北京億華通科技の張国強会長は水素市場の創設を強く求めています。『証券時報』によると、張国強氏は前述した24年3月の全人代に参加した際、水素エネルギー産業における炭素排出量の業界基準と関連手続きを早期に制定するよう提案しました。炭素排出基準の制定では海外と協力し、外国の炭素市場政策に対応できるようにすべきだと述べました。


天然ガスや化学品の輸送・貯蔵を手掛ける中集安瑞科(03899)も、中国で水素産業が発展しつづけるには市場の整備が欠かせないとみています。『21世紀経済報道』によると、同社は中国政府が炭素取引制度に水素エネルギーを組み込むよう要望しました。市場を開設することで企業が化石燃料から水素燃料に切り替える動きが促進され、水素エネルギー産業のコストが押し下げられるからです。同社は2006年に水素輸送業務に参入し、23年には同部門売上高が約7億元に達しました。売上高全体(149億700万元)に占める比率は小さいものの、前年比増加率は59.0%と全体の増収率20.5%を大きく上回っています。




この連載の一覧
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
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第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
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第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
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第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
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第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
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第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
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第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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