李強首相、商品房制度の改革を表明
連載第32回(2024年1月24日掲載)で中国の「不動産発展の新モデル」を取り上げた際、次のように書きました。
問題は、三大工程に現行モデルの主役である「商品房」が入っていないことでしょう。これでは「不動産発展新モデル」の構築は、母屋に手を付けない増改築のようなものです。
この部分は改訂しなければならなくなりました。今月に入り、中国の李強首相が商品房関連の制度改革を打ち出したからです。
連載第32回でご説明したとおり、“三大工程”とは低所得者向け保障性住宅の建設、城中村(都市の中に取り残された村落)の再開発、緊急時の避難所に転用できる「平急両用」公共インフラの建設の3つを指します。“商品房”とは不動産会社が開発して分譲する住宅やビルなどの物件のことです。
中国の住宅・都市農村建設部の倪虹部長(日本風に言えば、建設省の大臣です)は昨年11月、「不動産発展の新モデル」の構築に向けた具体策として「三大工程」を挙げましたが、「商品房」には言及しませんでした。上述した引用の主旨は、不動産市場が健全に成長できる仕組みを構築するには商品房の改革が必須なのに、担当大臣の発言はそこに踏み込んでいないという指摘でした。
首相が明言しなかった「基盤制度」の中身とは
しかし李首相は今年3月5日、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)での政府活動報告のなかで「不動産発展新モデルの構築を加速する。保障性住宅の建設と供給をいっそう拡大し、商品房に関連する基盤制度を改善する」と言明しました。同月22日に開いた国務院常務会議でも「商品房に関連する基盤制度を改革し、不動産発展新モデルの構築に力を入れる」と述べ、“改革”に言及してトーンを強めました。
それでも、問題は残っています。商品房に関連する「基盤制度」が何か、を李首相は明示していません。理由は定かではありませんが、制度改革が多くの反対を乗り越えなければ達成できない難事であり、うかつに口に出すべきではないという判断があったのではないでしょうか。
連載第27回では中国の住宅問題を取り上げ、土地神話を支える構造として「土地使用権の売却収入が地方政府の大きな歳入源」「投資の選択肢が限られている中国の人々にとって不動産が特に魅力的な運用手段」があると書きました。この2点は、そのまま商品房を支える既存制度の一部と言って差し支えないでしょう。
というのも、首相や閣僚が公式に政策の詳細を披露していない段階でも、中国本土の官製メディアに掲載される学識経験者や専門家のコメントから、中国指導部が世論をどのような方向に導きたいと考えているかが、ある程度推し測れます。
例えば、調査会社の中指研究院(China Index Academy)の陳文静・市場研究総監は商品房に関連する基本制度の改革として「2024年に土地管理制度、住宅取引制度、住宅保障制度、住宅金融制度、住宅税制などで新モデルに適応した制度の改善と改革が予想される」と語りました。陳文静のこの発言は、前述した国務院常務会議の翌日の3月23日、中国メディア『澎湃新聞』が伝えました。
また、同日付の中国メディア『新京報』によると、中国財政部(日本の財務省に相当)の財政科学研究所の元所長である賈康氏は、商品房に関連する主要な基盤制度として土地制度、商品房と保障性住宅の二層構造住宅制度、さらに金融制度、不動産税制を挙げました。
対症療法は限界、抵抗を押し切る改革が必須
「過去数回の不動産市場規制は、刺激するにせよ冷ますにせよ効果がなかった。こうした規制は対症療法に過ぎず、根本原因には対処できないからだ。これからは症状と根本原因の両方に対処し、根本を改める必要がある。基盤制度の構築とは、つまり根本問題を解決することだ」と賈氏は『新京報』のインタビュー記事で述べています。
しかし、こうした制度の改革に手をつければ、不動産市場の利害関係者の強い抵抗にあることは想像に難くありません。「根本問題を解決するには多大な労力を要し、困難が待ち受けているが、必ず行わなければならない」と賈氏は強調しています。特に不動産税(日本の固定資産税に相当するとお考えください)はハードルが高そうです。2003年には導入の検討が始まり、21年10月には全人代常務委員会が試験的な導入を決めましたが、今も本格的な導入の時期は不透明なままです。
複雑な利害が絡み合い、幅広い勢力が反対するような改革を先送りし、事態をますます悪化させてしまうのは、中国に限らず巨大な官僚機構でしばしば起こることです。ただ、足元の不動産市場の状況はこれ以上の先送りを容認してくれそうにありません。
24年の不動産販売額、1-2月は29%減
中国国家統計局のデータによると、2024年1-2月の不動産開発投資は1兆1842億元で、前年比9.0%減りました。減少幅は2023年1-12月の減少幅より0.6ポイント縮小しています。うち住宅への投資は8823億元で9.7%減少しました。一方、1-2月の新築商品房の販売額は前年同期比29.3%減の1兆566億元で、うち住宅の販売額は32.7%減少。全体の販売面積は1億1369万平方メートルで前年同期比20.5%減り、うち住宅の面積は24.8%減少しました。
既存制度の改革には必ず痛みがともない、短期的には副作用で不動産市況が冷え込むこともあり得ます。いかに強力な権限を持つ中国当局といえども、世界2位の経済規模を思うままにコントロールできると考えるのは無理があります。中国指導部が問題の先送りに終止符を打ち、新たな発展への道筋を付けられるか、投資家は見定める必要があるでしょう。