中国株、あのテーマはどうなった?

第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」

「系統だった、一段と猛烈な」腐敗取り締まり

中国で先月から豪雨や洪水による被害が広がっていますが、同国の医薬品業界にも「嵐」が襲来しています。医薬品や医療機器の調達を巡り、メーカーから病院の医師に不明朗な資金が渡されるなどの腐敗を取り締まる「医薬反腐」が始まったのです。


実は、製薬企業が医師に不正なリベートやグレーゾーンの供応を提供していることは「公然の秘密」とされ、過去にも集中的な取り締まりが行われています。ただ、『上海証券報』は、2006年と2013年の取り締まりや調査と比べて「今回は系統だっており、一段と猛烈」と伝えています。中国ネットメディア『界面新聞』のまとめによれば、今年に入って取り調べを受けた病院院長や党委書記は少なくとも155人に上り、すでに昨年通期の3倍を超えました。


上場企業2社のトップを拘束、製薬会社に衝撃

業界関係者がとりわけ衝撃を受けたのは、贈賄側に対する当局の姿勢が厳しくなったことです。『香港経済日報』によれば、これまでの反腐敗活動は主に収賄側が処罰されており、贈賄側の製薬企業などは、捜査に協力すれば訴追を免れることができました。ところが今回は様相が異なります。7月に中国本土市場に上場する医薬品関連企業のトップ2人が相次いで拘束されたのです。


中国メディアによると、当局の取り調べを受けたのは深セン市場「創業板」上場の衛寧健康科技集団(300253)の会長と、上海市場「科創板」上場の上海賽倫生物技術(688163)会長で、ともに大株主でもあります。2人には贈賄などの疑いがかかっています。


刑法を改正、民営企業への罰則強化

中国当局が今回の「医薬反腐」にかける意気込みの強さは、国家衛生健康委員会が7月21日に公式サイトに掲載した発表から読み取れます。同委員会は教育部や公安部など10以上の部局と開いた合同会議で、医薬品分野の腐敗問題に対する集中的な取り締まりを向こう1年間、全国展開すると決めたと発表しました。会議は「容赦ない態度で腐敗を決然と処罰する」と強調し、対象を中国共産党の各層のリーダーと「生産、供給、販売、使用などの重要なポイント」に絞ると表明しています。医薬品の販売で主役になる製薬会社の営業担当者と、働きかけ先の医師が集中取り締まりの対象になる公算が大きいのです。


中国共産党の中央規律検査委員会と政府機関の国家監察委員会が25日に公表した刑法7条の改正草案も波紋を呼びました。民営企業による腐敗関連犯罪の罰則強化が柱だったからです。食品と医薬品、教育、医療などの分野で贈賄に対する処罰を重くする条項が盛り込まれました。両委員会はさらに、7月28日に公表した通知のなかで「幹部と重要職位にある者から目を離さず、収賄側と贈賄側をともに取り調べる」と表明しました。


医薬品企業が反腐敗の「台風の目」

これを受け、中国の経済紙や投資情報メディアは「反腐風暴(反腐敗の嵐)」が来たと書きたてました。『香港経済日報』によれば、製薬企業の最高経営責任者(CEO)や営業担当者はショックを受け、「しばらくは会社の発展を考える余裕はないだろう」といいます。『21世紀経済報道』は8月2日、医薬品産業のあらゆる分野で川上から川下までを対象とする取り締まりが正式に始まり、「医薬品企業が反腐敗の“台風の目”」になると報じました。


上海証券取引所と深セン証券取引所では、中国当局が反腐敗活動を展開し始めた7月後半以降、医薬品株の下落が目立つようになりました。香港経済紙『信報』によると、7月31日から8月4日までの5営業日に、医薬品・バイオセクターA株の時価総額が1500億元縮小しました。売りの矛先は香港市場にも向かい、8月7日から8日にかけて医薬品株が大きく売られています。



党の面子がかかる反腐敗活動、気がかりは地方政府の暴走

国家衛生健康委員会の発表に基づけば、反腐敗の嵐は1年続くと覚悟しておいた方が良さそうです。合同会議は「医薬分野の腐敗問題は人民の命と健康を直に害し、党と政府のイメージに直接影響する。思想と行動を習近平総書記(国家主席)の重要指示が示す精神に合わせ、党中央の要求に沿って…晴朗な医薬品業界の発展環境を打ち立てる」と表明しました。


つまりは「医薬反腐」には党の面子がかかっており、一強体制を築き上げた習氏肝いりの施策になっているわけです。そもそも習氏は国家主席に就任して以来、反腐敗に力を入れ、成果も上げてきました。こうなると、目立つ実績を上げたい関連当局や地方政府が集中取り締まりに全力を傾けることは想像に難くありません。


同じ構図は新型コロナウイルス対策にもみられました。いまや耳にすることが非常に少なくなった「ゼロコロナ」戦略に基づく経済活動や人の移動の制限措置です。感染拡大の防止が主旨でしたが、最終的には「一部の地方が中央の承認を得ずに、行き過ぎた規制を実施した」という事態になりました。


市場では、創薬に強みを持つ製薬会社にとって反腐敗はむしろ追い風との声も出ています。中国のメディアの記事のなかには、医薬品や医療機器の長期的な需要拡大見通しを根拠に、腐敗取り締まりの嵐もいずれ収まるという論調も見受けられます。果たして「台風一過」となるのか、それとも医薬品企業の活動に深刻な影響が出るのか、中国の医療・ヘルスケアセクターに関心を持つ投資家にとって目を離せない問題となりそうです。


写真:AAストックス

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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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