中国株、あのテーマはどうなった?

第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」

香港株式相場の強気・弱気の指標

香港市場の代表的な株価指数であるハンセン指数は、7月後半から250日移動平均を下回って推移しています。250日移動平均は、香港では相場の強気と弱気の分かれ目とされています。上回ればブル(強気)、下回ればベア(弱気)を示し、香港メディアではしばしば「牛熊線」や「牛熊分界線」という別称で見出しに使われます。


日本の株式相場のチャート分析で、長期の相場トレンドを示す指標としてなじみ深いのは200日移動平均でしょう。香港で使われる長期トレンド指標は50日長いことになりますが、これは香港市場の営業日が日本の市場より多い(つまり日本は祝休日に伴う休場が多い)ことが理由です。おおむね過去一年間の営業日の終値から算出する平均という本質は同じで、日本と比べて香港は算出に使う分母が大きいだけ、とお考え下さい。


250日移動平均の使い方、他の指標と組み合わせ

香港の “投資指南”の類書やウエブサイトを見ると、250日移動平均は相場の状況を知る指標だが、単体で売り買いの意思決定に使える指標ではないと教示する記述が目立ちます。例えば香港で教育事業を展開する伝承教育集団(08195)の傘下の投創教育(IEI)は、移動平均線は遅行指標であり、「現在の株価や指数を反映するのは一定期間が過ぎた後になる」と指摘。RSIやストキャスティクスオシレーター、MACDなどのテクニカル指標と組み合わせた上で、相場の予想に生かすべきだと投資家に勧めています。


香港の永豊金融集団はさらに懐疑的で、250日移動平均が本当に強気と弱気の分かれ目なのか「議論の余地はある」としています。同社アナリストは今年4月、『AAストックス』への寄稿のなかで、250日移動平均が相場の分かれ目という理屈は「香港の投資情報メディアで過去20年から30年の間に定着した慣例のようなもので、不合理であっても長い時間を経て正しい事とされてしまった」と述べています。


過去5年の長期トレンド、22年以降は下落基調

過去5年間のハンセン指数の推移を振り返ってみましょう(グラフ1)。250日移動平均が示す長期トレンドは、20年が下降、21年は持ち直し、22年以降は下落基調となっています。対照的に、同期間の米国と日本の株式相場はに総じて上昇基調でした。NYダウ平均も日経平均株価も、現在の長期トレンド(26週移動平均)は5年前より高くなっています。


グラフ1 (資料:AAストックス)


過去5年間の相場に大きく影響してきた材料といえば、20年春から猛威を振るった新型コロナウイルス、米国の金融政策と米ドル相場、22年2月のロシアによるウクライナ侵攻、23年10月のイスラエルによるガザ侵攻などでしょう。ただ、これらは世界の主要市場に共通する要因です。香港市場の相場低迷の原因は、中国固有の材料に求めざるを得ません。当然、中国政府による「ゼロコロナ」政策、不動産バブルを予防するための引き締め策、インターネット・プラットフォーム企業に対する統制強化が思い浮かびます。こうした政策は後に、経済活動の冷え込み、住宅販売不振、ネット企業の政策リスク懸念というネガティブな副作用を引き起こしたからです。


香港市場のブル、3カ月もたずに退場

直近6カ月間のハンセン指数の推移に目を転じてみましょう(グラフ2)。ハンセン指数は今年4月下旬に急ピッチで上昇し、いったん250日移動平均を上抜けました。指数上昇に最も寄与した原動力は、米利上げ打ち止めへの期待でしょう。実際、4月30日から5月1日まで開かれた米連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利が据え置かれました。パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長はFOMC後の記者会見で次の一手は利上げではないだろうと述べ、投資家心理が強気に傾きました。イスラエルが2月に実施したガザ侵攻によって高まっていた中東情勢不安も、この時点ではかなり沈静化していました。


グラフ2 (資料:AAストックス)


ところが、その後のハンセン指数は上値を次第に切り下げ、7月下旬には250日移動平均を割り込んでしまいます。中国経済指標の予想下振れが目立ち、景気不安が重荷となりました。対照的に、米株式相場は同期間に上昇しています。ダウ平均は7月17日に3日連続で過去最高値を更新し、4万1000米ドル台に初めて乗せました。東京株式市場でも日経平均株価が初めて4万2000円台に到達しました。


残念ながら、香港株式相場はアンダーパフォームしています。前述した通り、原因は中国固有の事情にあるとみてよいでしょう。次回以降、そうした事情を金融政策の構造と、中国指導部が掲げる中国式現代化に焦点を当ててご紹介したいと思います。

この連載の一覧
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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