中国株、あのテーマはどうなった?

第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業

中長期の目標を公表、今世紀半ばをめどに完成

今年1月11日、中国の「美麗中国」の中長期政策が明らかになりました。中国指導部が昨年12月に決めた「美麗中国建設の全面推進に関する意見」を国営新華社が公表しました。


「美麗中国」は、資源開発と鉱工業の急成長の裏側で進んだ環境汚染と生態系の破壊を押しとどめ、自然を尊重・保護する生態文明を建設しようという理念に基づく政策スローガンです。単に豊かな自然と風光明媚な景色を守ろうという呼びかけではありません。次世代の成長を担う産業の振興や、再生エネルギーへの転換、リサイクル社会の確立、果ては国民の意識改革まで含んでいます。


構想の壮大さは「意見」の冒頭を読めば明らかです。「美麗中国の建設は社会主義現代化国家の全面建設での重要な目標であり、中華民族の偉大な復興を実現するという中国の夢の重要内容である」と宣言しています。


主要目標は、グリーンで二酸化炭素の排出が少ない発展、汚染物質の排出削減、生態環境の質的向上、国土の開発・保護レイアウトの最適化、都市・農村住居環境の明らかな改善などです。実践モデルを2027年までに確立し、2035年までに目標を基本的に実現するとしました。さらに、今世紀半ばには美麗中国の完成する見通しを示しました。



新エネルギー車の普及推進、大規模インフラ事業へ

「意見」は、中国株式市場で「美麗中国」テーマが改めてはやされる契機になりました。理由は主に3つあると思います。まず、産業振興策が盛り込まれています。次に、環境保護は米国と協力できるテーマです。そして、習近平国家主席が特に力を入れており、優先順位が高い政策と思われます。


「意見」に記載された産業政策のうち市場の注目を最も集めたのは、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)などの「新エネルギー車」の振興策でしょう。グリーン化と低炭素化を進めるため「2027年までに、新車全体に占める新エネルギー車の比率が45%に達するよう力を入れる」となっています。国務院が2020年10月に承認した「新エネルギー車産業発展計画」では「25年までに、新エネ車が新車販売台数の25%前後を占める」となっていたとあって、市場では普及目標が前倒しされたと受け止められました。


大規模事業の実施も組み込まれています。対象は汚染物質の排出を減らし、クリーンエネルギーを普及させ、重点産業をグリーン化させるエンジニアリングプロジェクトや、汚染された水源・土壌の修復、防災施設・生態環境保全インフラの建設、核燃料の安全管理体制などです。建設に必要な資金が確保できるよう財政で支援し、一定条件を満たす企業に調達資金の使途をグリーン化事業に限定する「グリーンボンド」の発行を認めると明記しました。


グリーン化をてこに経済成長、米国と気候変動対策で協力

ほかにも、「鉄道駅、空港、港湾、物流拠点をグリーン化する改装」、「風力発電機ブレード、太陽光発電設備、車載電池などの廃棄物リサイクル」、「原子力発電の廃棄物を処理する施設の更新」などが盛り込まれました。


環境政策にはとかく自然保護か産業振興かという対立軸がつきまといますが、「美麗中国」はむしろ、グリーン化を通じてより質の高い成長を実現しようという考え方で貫かれています。産業構造を転換するにしても、まず二酸化炭素排出が少ない産業チェーンと再生エネルギーの供給体制を作り、その後に古い施設や技術、制度を解体するという順番です。


中国と米国は気候変動対策で協力することで合意しています。2021年4月の共同声明で、温室効果ガスの排出削減に向けた対策を進めると表明しました。米国政府は安全保障を理由に、半導体やスーパーコンピューター、人工知能(AI)、バイオ技術などのハイテク分野で中国企業の米国事業を制限したり、投資を禁じたりしています。しかしバイデン政権は、気候問題については中国との協力が不可欠という立場を変えていません。中国の市場関係者からみれば、環境保護関連のセクターは米国政策リスクが小さい投資先といえます。



習氏が浙江省で挙げた成果を全国展開する「美麗農村」

美麗中国が習近平氏肝いりであることは「意見」にもはっきり示されています。「習近平生態文明思想の理論研究、学習・宣伝、制度創設、実施内容の宣伝と国際伝播を持続的に深化させ、生態文明教育を幹部教育、党員教育、国民教育のなかで推進する」と末尾近くで強調しました。政策の理論的基盤は習氏の生態文明思想だと位置付けたことになります。


具体的措置のなかで目立ったのが、「美麗農村」のモデル建設事業です。浙江省での“千万工程”の経験を各地が生かし、農村の生態改善と農民の住居環境の整備を進めるとしています。“千万工程”とは「千村示範、万村整治」の略称で、浙江省党委員会書記を務めていた習氏の下で2003年に始まった農村の改修・建設事業です。いわば習氏の成功体験であり、政治的なレガシーです。「意見」は美麗農村の推進措置として「トイレ革命」や生活排水・ごみ処理の整備を挙げていますが、いずれも千万工程の主要事業に含まれていました。


「意見」は同時に「美麗中国先行区」、「美麗都市」もモデル建設事業に入れていますが、数値目標は示していません。一方で「美麗農村」については、「2027年までに美麗農村が県(中国では市の下の行政単位)全体に占める比率が40%に達し、2035年に美麗農村が基本的に完成する」と目標を示しました。


2024年2月には「“千村示範、万村整治”工程経験を学習・運用して力強く有効に農村全面振興を推進する意見」が新華社を通じて公表されました。同文書は中国指導部が重要な政策課題を示す新年最初の「中央1号文件」です。習氏が浙江省で立ち上げた政策が全国展開され、農民がその恩恵を実感できる・・・その実現がいかに重要かを関連当局や地方政府に念押しする効果があったのではないでしょうか。

この連載の一覧
第62回 観光業界: 25年は休日が2日増加、国内旅行ブーム到来か
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
【中国株、あのテーマはどうなった?】第13回「国産旅客機」苦節15年、来春にも商業運航へ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第12回「マカオのカジノ免許」既存6社が順当に当選、勝負はカジノ場外へ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第11回「国産化粧品」Z世代の愛が支え、ネット活用で海外ブランドと勝負
【中国株、あのテーマはどうなった?】第10回「リチウムイオン電池」大成功の代償?EV大国を悩ませるサプライチェーンのひずみ
【中国株、あのテーマはどうなった?】第9回「サッカーW杯」開幕前に勝負は決まる!?冬の陣でもビールが主役
【中国株、あのテーマはどうなった?】第8回「国有企業改革」(その2) 習近平氏の旗振りで「より強く、より優れ、より大きく」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第7回「国有企業改革」(その1)
【中国株、あのテーマはどうなった?】第6回「半導体の国産化」(その2) 断裂する半導体の世界、米中が相互排除
【中国株、あのテーマはどうなった?】第5回「半導体の国産化」(その1) 国策を脅かす前門の米国、後門の腐敗
【中国株、あのテーマはどうなった?】第4回 ハイテク全部乗せの経済政策「新型インフラ」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第3回 香港に取って代わるか、海南島「自由貿易港」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第2回 株式市場となじみきれない「軍民融合」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

村山 広介の別の記事を読む

人気ランキング

人気ランキングを見る

連載

連載を見る

話題のタグ

公式SNSでも最新情報をお届けしております