中国株、あのテーマはどうなった?

【中国株、あのテーマはどうなった?】第7回「国有企業改革」(その1)

株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第7回は「国有企業改革」その1です。


資本効率の高い経営は国有企業の責務

特定産業で独占的な事業展開を認められているが経営効率が低く、やがては赤字体質から脱却できなくなる…国有企業に対してこのようなネガティブなイメージを持つ投資家は少なくないと思います。国有企業のミッションや組織、企業統治(ガバナンス)、行政による保護を見直し、公益性が特に高い業種以外は民営化する改革は、程度の差こそあれ各国政府が取り組む課題です。かつて日本にも国鉄、電電公社、専売公社の「三公社」がありました。


中国は共産党が支配する国ですから国有企業が経済活動の主役のはずです。したがって、資本主義経済で主役を担う民間企業のように、稼ぐ力を高めるために経営効率の向上に力を入れる動機はない、と考えてしまっては的外れ。実態はむしろ逆です。国有企業の資本とは、つまり国の資本であり、それを使って事業を行うからには高い効率で利益を得る責務がある、というのが現代の中国の発想です。


国有大手の合併に沸き立つ市場、資産注入に期待

中国の国有企業改革の主柱は、現代的な会社ガバナンスと報奨制度の確立、民間資本の導入、国有企業間で重複する事業の整理統合、「ゾンビ企業」と呼ばれる実質的に破綻している企業の処理などです。なかでも市場が沸き立つ材料が「優良資産の注入」でしょう。非上場の国有企業が抱えている優良な事業資産(つまり儲かる事業)を上場子会社に譲渡するのが典型例。上場企業が代価を新株で支払えば、M&Aよりも低いコストで事業を増強できることになり、業績拡大の期待が膨らみます。


上場国有企業への優良資産の注入のトリガーとして市場が注目するのは、親会社(中国政府が保有する国有企業)の事業再編です。習近平氏が国家主席に就任した2013年3月以降、国有企業の大型合併がいくつも実現しました。主なものだけでも、15年に鉄道車両の中国南車と中国北車、資源・金属の中国五鉱集団と中国冶金科工集団、海運の中国遠洋運輸集団と中国海運集団、16年に鉄鋼の宝鋼集団と武漢鋼鉄集団、17年にエネルギーの中国国電集団と神華集団の組み合わせで経営統合や吸収合併が行われました。対応して各社の上場子会社の事業再編も実施され、株式市場で中国中車(01766/601766)、五鉱資源(01208)、中国冶金科工(01618/601618)、中遠海運控股(01919/601919)、宝山鋼鉄(600019)、中国神華能源(01088/601088)などが物色されました。


改革テーマ銘柄、相場下落の局面でアウトパフォーム

株式投資家による国有企業改革への評価を測る手段として、指数算出会社の中証指数が提供する「中証国有企業改革指数」の動きを見てみましょう。同指数の構成銘柄は改革を実施したか、あるいは実施予定の国有企業で、上海市場と深セン市場に上場する100銘柄が採用されています。下のグラフは2017年11月以降の5年間の値動きを指標化し、両市場に上場する代表的なA株の300銘柄で構成するCSI300指数(滬深300指数)と比較したものです。



2017年11月から18年までは大きな差はありませんが、19年以降は中証国有企業改革指数がCSI300指数をアンダーパフォームする期間が続きます。ところが21年7月以降は値動きがほぼ一致するようになり、22年に入ると小幅ではありますが中証国有企業改革指数がアウトパフォームする期間が目立ちます。


総じて、相場の上昇局面ではCSI300指数がアウトパフォームしていたが、下落局面になって中証国有企業改革指数が逆転したという展開です。こうした動きになった大きな要因は、CSI300指数に含まれる民営企業の影響でしょう。CSI300指数のウエート上位には車載電池大手の寧徳時代新能源科技(300750)、電気自動車大手のBYD(002594)、家電の美的集団(000333)などの大型民営企業が含まれています。投資家は高い成長が期待できる民営企業に投資してきたが、22年に入ると中国政府による手厚い支援が期待できる国有企業に資金を移し替え始めたと解釈できます。



「より強く、より優れ、より大きく」の行く先は?

では今後、民営企業の成長シナリオと入れ替わるように、改革の進展に伴う国有企業に成長が投資家の関心を集めていくのでしょうか。実は22年は、中国政府が進めてきた「国有企業改革 3 年行動計画」の最終年度にあたります。国有企業の経営効率を高い水準で実現するため、国有企業それぞれに3年間で実施すべき課題を与え、達成を監督する施策です。中国国営の新華社は今年10月14日、各企業の課題リストである「工作台帳」の完了率が98%を超え、「国有企業の活力と効率は高まり、国有経済の資源配置の改善や構造調整などの面で新たな成果が続々と得られる」と伝えました。


一方、習近平氏は国有企業について、2017年10月の中国共産党大会で「より強く、より優れ、より大きくしていく」と表明しました。2022年10月の共産党大会で行った政治活動報告にも同じ文言が盛り込まれています。習氏は同時に「民営企業の発展環境を改善し、法に基づいて民営企業の財産権と企業家権益を保護し、民営経済の壮大な発展を促進する」とも述べていますが、国有に民営にしろ、中国共産党による監督の強化が要点との見方が海外メディアでは多いようです。


今年10月の共産党大会を終え、習近平氏が率いる指導部が異例の3期目に入りました。国有企業の改革は少なくとも今後5年、現行の政策方針に沿って実施されていきます。次回「国有企業改革」その2は、株式市場からみた改革の行方を取り上げる予定です。

この連載の一覧
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
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【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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