中国株、あのテーマはどうなった?

【中国株、あのテーマはどうなった?】第6回「半導体の国産化」(その2) 断裂する半導体の世界、米中が相互排除

株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第6回は「半導体の国産化」その2です。


自給率70%の達成は無理?米調査会社の予測は21.2%

前回(半導体の国産化・その1)は終わりに「半導体の自給率目標の達成が危ぶまれている」と書きました。中国政府が掲げている目標は「2025年に自給率70%」です。ところが半導体調査会社の米ICインサイツの予測では自給率は26年になってようやく20%を超える見通しで、目標にはとうてい届きそうにありません。


ICインサイツは21年1月に公表した調査報告で、中国の半導体自給率(中国IC市場規模に対する中国でのIC生産額の比率)が25年に19.4%になるとの予測を明らかにしました。22年6月に予測を更新し、26年の予想自給率を21.2%としました。ちなみに20年と21年の実績はそれぞれ15.9%、16.7%で、伸び率は1%未満。22年以降も同程度しか伸びないと予測していることになります。


「中国は2005年以来、最大のIC消費国だが、最もIC生産が増えている国とは言えない」とICインサイツは22年版報告で強調しました。例えば21年の世界IC市場の規模は5105億米ドルで、うち中国は1865億米ドルでした。一方、中国での生産額は312億米ドルですから、中国市場のシェアは16.7%(=中国の半導体自給率)、世界市場のシェアは6.1%となります。しかも中国に本社を置く企業に限れば21年の生産額は123億米ドルで、中国市場のシェアは6.6%、世界市場のシェアは2.4%にとどまる計算です。


言葉を換えると、21年時点で中国に本社を置く企業は中国での半導体生産額全体の39.4%しか生産していません。残りの60.6%は、台湾積体電路製造(TSMC)や聯華電子(UMC)、韓国のSKハイニックスとサムスン電子、米インテルなどの外資が生産しました。



技術格差が縮まらない、中国ファウンドリーを悩ます米国の規制

中国政府が半導体の国産品への切り替えを推進しているのに外資が高いシェアを持つ最大の理由は、技術力の差でしょう。例えば中国最大の半導体受託製造(ファウンドリー)会社であるSMICは、回路線幅0.35ミクロンからFinFET(Fin Field-Effect Transistor)までの加工技術を持っています。最も細かい回路線幅はFinFETの14ナノメートルということになりますが、それが先端技術だったのは7-8年前のこと。半導体受託製造で世界最大手のTSMCは2ナノメートルの製品を開発しており、今のところSMICは差を詰められずにいます。


中国の半導体国産化がはかどらない現状は、米国からみれば、中国が高度な半導体技術や製造装置・ツールを入手できないようにする措置を次々と導入した効果が出たということになります。しかも、米国政府は手を緩めるつもりは毛頭ないようです。バイデン米政権は22年10月7日、新たな半導体製品・技術の対中輸出規制を発表しました。規制範囲は人工知能(AI)などに使われるスーパーコンピューター用の半導体、高性能な半導体の生産に使われる製造装置とその部品に及び、中国向けに輸出する場合は米当局の認可を取得するよう義務付けたのです。特に10ナノメートル以下の微細な加工が可能な製造装置の対中輸出は原則として認可しない方針です。たいへん包括的な規制措置であり、中国企業だけでなくTSMCなどが中国に置く半導体工場も影響を受けかねません。


分断が進む半導体産業チェーン、経済よりも安全保障

事態は投資家にとって好ましくない方向に向かっています。中国も米国も、安全保障を旗印に相手国に依存しない半導体産業チェーンを構築しようとしているからです。経済の観点からみれば経済圏の分割は効率の低下を意味し、個々の企業の業績を下押しします。実際、米国の半導体産業は、規制によって中国という巨大市場を失えば国益に反すると主張してきました。米ボストン・コンサルティングは20年3月のリポートで「対中貿易制限は半導体分野の米国の優位を終わらせる恐れがある」との見方を示しています。しかし現時点では、米政府にしても中国政府にしても、経済的な利得を守るために歩み寄るつもりはないようです。


そもそも「半導体自給率70%」は、中国指導部が15年に発表した「中国製造2025」政策の下で打ち出された目標です。当時のオバマ米政権にとって中国とのハイテク覇権争いは優先順位の高い政策課題にはなっていませんでしたが、習近平国家主席が率いる中国はすでにハイテク分野での海外依存を減らすことを国家目標に掲げていたことになります。しかし次第に、米国の政界で「中国製造2025」を脅威とみなす考え方が広がります。18年に就任したトランプ米大統領は同年11月の記者会見で、中国製造2025の狙いは、2025年に中国が経済的に世界を支配することにあり、「そんなことはさせない」と批判を繰り広げました。20年に就任したバイデン大統領の政治信条はトランプ氏と真っ向から対立しているはずですが、こと対中政策については前政権の施策を引き継いでいます。


こうなると「半導体の国産化」は株式市場にとってポジティブ、ネガティブの両面を持つテーマとなってきます。自給率の目標をどうするかはさておき、異例の3期目に入った中国共産党の習近平総書記(国家主席)が米国に屈する形で国産化の推進を撤回することはまずないでしょう。国内半導体企業への手厚い支援を続けるはずです。


半面、中国の半導体産業は国際政治リスクを背負います。半導体セクターの代表的銘柄であるSMICは米商務省の「エンティティー・リスト」や米財務省の「中国軍産複合体企業リスト」に収載されており、米国人による株式投資や、米国製品・技術の入手を制限されています。同社は22年6月中間期の財務報告の中で、米当局が繰り出す規制の影響で「製造装置や原材料の入手が困難になり、価格が上昇し、顧客を失うリスクがある」「研究開発と製造が制限され、受注減少とコスト上昇につながり、結果として経営に悪影響が及びかねない」と説明しました。企業努力で乗り越えられる性質のリスクではなく、打開するには中国政府による支援の拡大が必須ですが、それによって米政府から受ける圧力がさらに高まるという負のスパイラルに陥りかねないと言えるでしょう。

この連載の一覧
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第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
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第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
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第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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