中国株、あのテーマはどうなった?

第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望

中国鋼鉄工業協会、再編促進の政策提言へ

中国の株式市場で、いま最もホットなテーマの一つが鉄鋼業界の合併・買収でしょう。生産能力の過剰を解消するため、当局が主導する経営統合が進み、旧式の製造拠点が退出を迫られるとの観測が広がっています。10月下旬、中国の証券各社は競うようにリポート発表し、注目の銘柄をリストアップしました。


鉄鋼株ブームの号砲となったのは、業界団体の「中国鋼鉄工業協会」が業界再編を促進する政策を提言するという報道です。『上海証券報』によると、中国鋼鉄工業協会は10月25日、旧式で非効率な生産設備の退出を促すルールを整備し、より優れた生産設備に鉄鋼生産を移転する必要があるとの見解を明らかにしました。同時に「統合再編を着実に推進し、非効率な生産能力や“ゾンビ生産能力”の復活を厳重に防止することも重要」と強調しました。


「統合再編にしても、劣後の生産能力を退出させるルールにしても、政策の支えが必要だ」「作業任務はたいへんな困難を伴い、政府、企業、業界が共同で進めねばならない。鋼鉄協会はすでに関連調査を加速し、統合再編の推進と退出制度の改善に向けた包括的な政策提案を研究し始めている」と同協会は述べました。


不動産不況が呼ぶ鉄冷え、我慢比べは限界

中国の鉄鋼業界をここまで追い詰めた最大の要因は、不動産不況でしょう。建設量が減れば、どうしても鋼材の需要は落ち込みます。自動車向け鋼板にしても、新エネルギー車の増加がガソリン車・ディーゼル車の退潮を穴埋めしているとはいえ、全体の販売台数は高成長とは言えません。


問題は、重厚長大の鉄鋼業界では退出が簡単ではなく、展望が開けるあてがないまま我慢比べが続いていることです。今春以降、粗鋼生産量は前月割れが目立ち始めましたが、2024年1-9月累計の生産量の減少幅は前年同期比3.6%と小幅です。鉄鋼各社の判断に任せていては「“内巻式”悪性競争」は解消しないという認識が、中国鋼鉄工業協会による当局への介入要請につながったようです。



実は、中国鉄鋼業界でのM&A(合併・買収)は今に始まった話ではありません。2010年から20年代初頭にかけて、中国の中央政府が管轄する国有企業(中央企業と呼ばれます)を軸とする政府主導の再編の大波が業界を覆いました。皮切りになったのは2010年の鞍鋼集団の設立です。同社が中央企業の鞍山鋼鉄集団と攀鋼集団を子会社化する形で統合しました。続いて2016年、宝山鋼鉄集団と武漢鋼鉄集団の中央企業同士の合併が実現し、中国宝武鋼鉄集団となりました。中国宝武鋼鉄集団はその後、地方政府傘下の国有鉄鋼企業を系列化していきます。2019年に安徽省政府系の馬鋼集団、2020年に山西省政府系の太原鋼鉄集団と重慶市政府系の重慶鋼鉄(01053/601005)を傘下に収めました。一方、前述した鞍鋼集団も遼寧省政府系の本渓鋼鉄集団を2021年に子会社化しています。


国有大手が地方政府系企業を系列化か

今年巻き起こった新たな再編ラウンドでも同じパターンが展開される公算は大きいでしょう。つまり、中央企業あるいは傘下の上場企業が、地方政府傘下の鉄鋼企業を吸収合併したり、経営統合したりすることです。


上海証券取引所と深セン証券取引所には、同業他社に買われそうな銘柄と、買い手となりそうな銘柄がともに上場しています。中国鋼鉄工業協会に関する報道が出た翌週月曜日の10月28日、市場で再編参画の有力候補とみられた銘柄が大きく買われました。


吸収合併や経営統合を仕掛ける側になりそうな候補は、鞍鋼集団傘下の本鋼板材(000761/200761)とアンガン・スチール(000898/00347)、そして中国宝鋼鉄集団傘下の新疆八一鋼鉄(600581)、広東中南鋼鉄(000717)、重慶鋼鉄、馬鞍山鋼鉄(600808/00323)です。このうちアンガン・スチール、重慶鋼鉄、馬鞍山鋼鉄は香港市場にも重複上場しています。


一方、中央企業系の下で再編されそうな企業は地方政府傘下の国有企業です。主要な銘柄だけでも甘粛省の甘粛酒鋼集団宏興鋼鉄(600307)、広西チワン族自治区の柳州鋼鉄(601003)、河南省の安陽鋼鉄(600569)、福建省の福建三鋼ビン光(002110)、遼寧省の凌源鋼鉄(600231)、江西省の新余鋼鉄(600782)、湖南省の湖南華菱鋼鉄(000932)、山東省の済南鋼鉄(600022)があります。


過当競争の業界にあって旧式の設備を抱えるメーカーには高い成長は期待できません。地方政府にしてみれば、かつては経済成長雇用と原動力だった製鉄会社も、建設需要が縮小した今となっては地方財政を圧迫する重荷となりかねないでしょう。裏返せば、負担軽減のために製鉄事業を中央企業に売り払って現金化することが考えられるわけです。中国政府は、地方政府が新たな成長分野へ財政投入できる余地を作り出そうと腐心しています。今回の鉄鋼業界再編に向けた動きも、そうした政策の一部かもしれません。

この連載の一覧
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
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第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
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第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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