中国株、あのテーマはどうなった?

第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ

注目の「GLP-1受容体作動薬」、肥満症と糖尿病が適応症

中国の証券市場で「肥満症薬」がホットなテーマとして浮上しています。同国の証券最大手、中信証券は6月末に公表したリポートで、肥満症薬を「人工知能(AI)」や「中国企業の海外進出」と並ぶ2024年の3大投資テーマと位置付けました。


先進国では以前から肥満が引き起こす合併症が深刻な健康被害と認識されていますが、中国も同じ悩みを抱えるようになりました。製薬会社にしてみれば、高い成長が期待できる市場が開けていることを意味します。なかでも「GLP-1受容体作動薬」の開発に各社がしのぎを削っています。


中国の証券市場関係者が「GLP-1受容体作動薬」に注目する理由は主に2つあります。まず、肥満症だけでなく、糖尿病の治療に使えることです。中信証券は「GLP-1受容体作動薬は血糖値を下げ、体重を減らす効果があり、急速な成長が期待できる」と指摘しました。


ノボノルディスクの「セマグルチド」、中国特許が26年に失効へ

現時点で代表的なGLP-1受容体作動薬といえば、デンマークのノボノルディスクが開発した「セマグルチド」でしょう。「グルカゴン様ペプチド-1 (GLP-1)」という食後に腸から分泌されるホルモンに構造が似ており、血糖値を下げるインスリンの分泌を促します。脳の視床下部などの受容体に結合すると満腹感を感じさせ、結果として食事の量を抑える効果があります。


ノボノルディスクはまず、セマグルチドを使って2型糖尿病患者のための注射薬を開発しました。「オゼンピック」という商品名で2017年に米食品医薬品局(FDA)から医薬品承認を得ました。続いて、やはりセマグルチドを有効成分とする肥満症治療薬「ウゴービ」を開発し、2021年にFDAに承認されました。「ウゴービ」は2024年2月に日本で発売され、同年6月には中国でも医薬品承認を取得しています。


「GLP-1受容体作動薬」が注目を集めるもう一つの理由は、セマグルチドの特許が26年に失効するという中国ならではの事情です(米国での特許は2031年まで有効)。つまり、中国の後発薬メーカーがこぞって2年後の市場参入を目指す公算が大きいわけです。重慶市政府系の西南証券は「国内製薬会社が積極的に参入すれば、品質や効能、価格の面で輸入品に対抗できる国産セマグルチドが開発されるだろう」と期待を示しました。



信達生物製薬と江蘇恒瑞医薬が治験で先行

もっとも、事業化が近いと言える新薬候補は今のところ限られます。徳邦証券は、現時点では肥満症薬の臨床試験のほとんどが第1相、第2相にとどまっており、多数の患者について有効性と安全性を確認する第3相に入った新薬はごく少数だと指摘しました。


現在、中国の製薬会社による肥満症薬への取り組みは大きく2つに分けられます。一つはGLP-1製剤の研究開発、もう一つはセマグルチドのバイオシミラー(バイオ医薬品の後発薬)の開発です。前者は国産化に向けた動き、後者はセマグルチドの特許切れを受けた市場参入と言ってよいでしょう。


江蘇省を地盤とする東呉証券のまとめによれば、中国の製薬会社が進める国産GLP-1受容体作動薬の開発プロジェクトは16件あります。そのうち、承認申請の段階にあるのは信達生物製薬(01801)の「Mazdutide」だけ、治験第3相に進んだのは江蘇恒瑞医薬(600276)が開発を主導する「HRS9531」だけです。ほかに翰森製薬(03692)、華東医薬(000963)、無錫薬明康徳新薬開発(02359/603259)、聯邦製薬(03933)などが治験第2相に入っているといいます。


一方、セマグルチドのバイオシミラー開発は華東医薬、聯邦製薬、遠大医薬(00512)、健康元薬業集団(600380)、麗珠医薬集団(01513/000513)、中国生物製薬(01177)、四環医薬(00460)などが手掛けています。


安易なダイエット利用にリスク

もちろん、こうした開発プロジェクトが全て成功するとは限りません。投資家としては、期待されていた新薬候補が期待外れに終わるリスクも頭に入れておくべきでしょう。また、中国の医薬品当局が指導・規制に乗り出す可能性もあります。というのも、肥満症という疾患を治療するために処方されるはずの医薬品が、効果の高いダイエット用サプリメントであるかのように乱用される懸念があるからです。中国に限った話ではありませんが、肥満薬の安易な利用に危機感を持った当局が適用ガイドラインを制定するなどの動きに注意が必要でしょう。

この連載の一覧
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
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第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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