注目の「GLP-1受容体作動薬」、肥満症と糖尿病が適応症
中国の証券市場で「肥満症薬」がホットなテーマとして浮上しています。同国の証券最大手、中信証券は6月末に公表したリポートで、肥満症薬を「人工知能(AI)」や「中国企業の海外進出」と並ぶ2024年の3大投資テーマと位置付けました。
先進国では以前から肥満が引き起こす合併症が深刻な健康被害と認識されていますが、中国も同じ悩みを抱えるようになりました。製薬会社にしてみれば、高い成長が期待できる市場が開けていることを意味します。なかでも「GLP-1受容体作動薬」の開発に各社がしのぎを削っています。
中国の証券市場関係者が「GLP-1受容体作動薬」に注目する理由は主に2つあります。まず、肥満症だけでなく、糖尿病の治療に使えることです。中信証券は「GLP-1受容体作動薬は血糖値を下げ、体重を減らす効果があり、急速な成長が期待できる」と指摘しました。
ノボノルディスクの「セマグルチド」、中国特許が26年に失効へ
現時点で代表的なGLP-1受容体作動薬といえば、デンマークのノボノルディスクが開発した「セマグルチド」でしょう。「グルカゴン様ペプチド-1 (GLP-1)」という食後に腸から分泌されるホルモンに構造が似ており、血糖値を下げるインスリンの分泌を促します。脳の視床下部などの受容体に結合すると満腹感を感じさせ、結果として食事の量を抑える効果があります。
ノボノルディスクはまず、セマグルチドを使って2型糖尿病患者のための注射薬を開発しました。「オゼンピック」という商品名で2017年に米食品医薬品局(FDA)から医薬品承認を得ました。続いて、やはりセマグルチドを有効成分とする肥満症治療薬「ウゴービ」を開発し、2021年にFDAに承認されました。「ウゴービ」は2024年2月に日本で発売され、同年6月には中国でも医薬品承認を取得しています。
「GLP-1受容体作動薬」が注目を集めるもう一つの理由は、セマグルチドの特許が26年に失効するという中国ならではの事情です(米国での特許は2031年まで有効)。つまり、中国の後発薬メーカーがこぞって2年後の市場参入を目指す公算が大きいわけです。重慶市政府系の西南証券は「国内製薬会社が積極的に参入すれば、品質や効能、価格の面で輸入品に対抗できる国産セマグルチドが開発されるだろう」と期待を示しました。
信達生物製薬と江蘇恒瑞医薬が治験で先行
もっとも、事業化が近いと言える新薬候補は今のところ限られます。徳邦証券は、現時点では肥満症薬の臨床試験のほとんどが第1相、第2相にとどまっており、多数の患者について有効性と安全性を確認する第3相に入った新薬はごく少数だと指摘しました。
現在、中国の製薬会社による肥満症薬への取り組みは大きく2つに分けられます。一つはGLP-1製剤の研究開発、もう一つはセマグルチドのバイオシミラー(バイオ医薬品の後発薬)の開発です。前者は国産化に向けた動き、後者はセマグルチドの特許切れを受けた市場参入と言ってよいでしょう。
江蘇省を地盤とする東呉証券のまとめによれば、中国の製薬会社が進める国産GLP-1受容体作動薬の開発プロジェクトは16件あります。そのうち、承認申請の段階にあるのは信達生物製薬(01801)の「Mazdutide」だけ、治験第3相に進んだのは江蘇恒瑞医薬(600276)が開発を主導する「HRS9531」だけです。ほかに翰森製薬(03692)、華東医薬(000963)、無錫薬明康徳新薬開発(02359/603259)、聯邦製薬(03933)などが治験第2相に入っているといいます。
一方、セマグルチドのバイオシミラー開発は華東医薬、聯邦製薬、遠大医薬(00512)、健康元薬業集団(600380)、麗珠医薬集団(01513/000513)、中国生物製薬(01177)、四環医薬(00460)などが手掛けています。
安易なダイエット利用にリスク
もちろん、こうした開発プロジェクトが全て成功するとは限りません。投資家としては、期待されていた新薬候補が期待外れに終わるリスクも頭に入れておくべきでしょう。また、中国の医薬品当局が指導・規制に乗り出す可能性もあります。というのも、肥満症という疾患を治療するために処方されるはずの医薬品が、効果の高いダイエット用サプリメントであるかのように乱用される懸念があるからです。中国に限った話ではありませんが、肥満薬の安易な利用に危機感を持った当局が適用ガイドラインを制定するなどの動きに注意が必要でしょう。