中国株、あのテーマはどうなった?

【中国株、あのテーマはどうなった?】第10回「リチウムイオン電池」大成功の代償?EV大国を悩ませるサプライチェーンのひずみ

株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第10回は電気自動車(EV)の心臓部、「リチウムイオン電池」です。


EVの2台に1台は中国で売れた

中国は電気自動車(EV)の大市場です。調査会社カナリスのリポートによると、2021年の世界EV市場に占める中国のシェアは50%。2台に1台は中国で売れた、ということになります。今年も売れ行きは衰えをみせていません。22年1-10月の中国のEV販売台数は528万台と、前年同期の2.1倍に達しました(中国汽車工業協会調べ)。


中国政府は新エネルギー車(EVや燃料電池車、プラグインハイブリッド車の中国での総称)を戦略的新興産業の一つに位置付け、振興に力を入れています。その甲斐あって、完成車からモーター、車載電池などの部品、充電設備、電池交換・回収などのインフラまでが整備され、国内にサプライチェーンが構築されてきました。なかでも中核部品として株式市場関係者の注目を集めてきたのが、EVに搭載するリチウムイオン電池です。


香港経済紙『信報』によれば、世界のリチウムイオン電池の約75%は中国で生産されており、「ほとんどの欧米の自動車メーカーはリチウムイオン電池の調達を中国からの輸入に頼らざるを得ない」状態といいます。実際、中国には車載電池の世界的大手メーカーがあります。


SNEリサーチが実施した車載電池の調査によれば、21年世界出荷量メーカー別ランキングの首位は中国の寧徳時代新能源科技(CATL)。出荷量は前年比167.5%増の96.7ギガワット時(GWh)で、市場シェアは32.6%に上ります。中国企業ではEV完成車の大手でもあるBYDがシェア8.8%で4位に入っています。なお、BYDは香港市場と深セン市場に重複上場しています。寧徳時代新能源科技は深セン証券取引所の「創業板」に上場していますが、現時点では香港市場との相互取引制度を通じて海外個人投資家が売買できる対象銘柄にはなっていません。



需給ひっ迫で素材・部材の価格高騰、当局が行政指導へ

自動車は産業のすそ野が広く、日本も含めて多くの国が経済成長の糧として育成してきました。中国は「自動車強国」を目指す上で、振興策の重点を新エネルギー車に置いています。ガソリン車やディーゼル車の産業規模と技術水準では先進国と大きな開きがあり、海外メーカーとの提携に依存せざるを得ませんが、EVであればほぼ横一線のスタート地点から勝負できる、という発想が背景にあります。中国のEVの隆盛ぶりはこの戦略が成功した証左と言えるでしょう。


ただ皮肉なことに、成功しすぎたがゆえのひずみも生まれました。需要急増と供給ひっ迫のはざまで価格つり上げや売り惜しみが横行しているようなのです。


中国当局は11月18日に公表した「リチウムイオン電池の産業チェーンとサプライチェーンの協同安定発展政策に関する通知」のなかで問題を列挙しました。「国内産業チェーンの各段階で需給バランスが崩れ、一部の中間製品と材料の価格が高騰」「川上から川下への流れが不良で、不当競争行為が行われている」「一部でやみくもに生産能力を拡大し、品質を犠牲にした低価格競争が起きた」。危機感を抱いた当局は傘下の地方部局に対し、メーカーに適切な事業目標を指導し、産業構造の川上と川下の協調体制を構築するよう指示しました。また、製品価格の急変動と過大な投資の監視や、品質基準を満たしていない製品の取り締まりを強化するよう求めています。


最も深刻な問題はリチウム価格の高騰でしょう。『証券時報網』によると、相場の指標となる炭酸リチウム1トン当たり価格は2022年に入って過去最高を更新しています。3月に50万元台に乗り、4月以降にいったん40万元台に落ち着いたものの、9月に51万元、11月には60万元を超えました。


EVが普及すれば電池市場が急成長し、当然ですが主要材料であるリチウムの需要も膨らみます。困ったことに、電池の工場を突貫工事で建設するのは可能だとしても、リチウム鉱山の開発には数年かかります。供給が需要に追い付かないのです。リチウム価格が急上昇すれば、電池メーカーやEV完成車メーカーにとっては看過できないコスト圧力がかかることになります。しかも、世界のEV市場が本格的な成長期に入れば車載電池需要は一段と拡大します。


もっとも投資家にとっては、悪い話ばかりではありません。リチウム供給を手掛ける企業の業績は急拡大しました。中国大手の江西カン鋒リチウムと天斉リチウム(2社とも香港と深センに重複上場)の2022年1-9月期の純利益はそれぞれ前年同期比498.3%増の147億9500万元、2916.4%増の159億8100万元。2社の純利益は合計で307億7600万元と、BYDの同期純利益の3倍を超えています。



「脱リチウム」電池、来年にも市場投入

中国で政策支援が大きい業界が急激な参入と野放図な投資拡大から過当競争に陥り、値崩れを起こして産業全体が苦境に陥るパターンは過去にもありました。太陽光パネルはその一例でしょう。強力な産業政策を打ち出せる中国当局といえども、行政指導と品質基準の制定だけで急成長する業界の秩序をコントロールするのは至難の業です。長期的な視点から、リチウムの供給を確保する施策が必須です。


中国はすでに手を打っています。まずは海外の資源確保です。『信報』は、中国企業が南米のアルゼンチンやチリ、アフリカなどで車載電池の主原料であるリチウム、コバルト、グラファイトなどの鉱山に出資し、加工・精錬能力を取得し、グローバル市場シェアの過半を握っていると報じました。ただ、リチウム資源を巡り米国などとの対立が先鋭化するリスクもはらんでいます。


もう一つの動きは、脱リチウムです。現在、車載電池の正極材料の主流はニッケル・コバルト・マンガン酸リチウム(NMC)、ニッケル・コバルト・アルミニウム酸リチウム(NCA)、リン酸鉄リチウム(LFP)の3種類で、いずれもリチウムが含まれています。しかし、寧徳時代新能源科技は21年7月、「ナトリウムイオン電池」2023年にも市場に投入する目標を明らかにしました。ナトリウムは炭酸ナトリウムや食塩に含まれる元素ですから、リチウムに比べて極めて安価に調達することが可能です。実用化されれば、世界のEV産業のゲームチェンジャーになるかもしれません。


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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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