美的集団が香港上場、グローバル戦略推進へ
中国家電大手の美的集団(00300/000333)が9月17日、香港市場メインボードに上場しました。調達額は約270億HKドル(約5000億円)と、2022年以降で香港取引所に上場した企業の中で最大級となる見通しとあって、最近では特に注目度の高い新規銘柄となりました。
期待に違わず、同社の上場初日終値は公開価格を7.85%上回る人気ぶり。同社トップが示した海外事業拡大への強い意欲も注目を集めました。香港メディアによると、方洪波会長兼総裁は上場記念式典で「香港上場の意義は資本調達の備えだけではない。グローバル化発展戦略をさらに深く推進する起点になる」と述べています。マッコーリーはリポートで、美的集団の海外での売上高が2024-26年に年平均10%超伸びるとの予測を示しました。
美的のロゴ (AAストックス)
海外事業の拡大は、中国家電大手に共通した経営課題とみられます。中国の人口は2021年をピークに頭打ちとなっていますから、国内市場の成長が鈍化し、競争はますます厳しくなる見込みです。一方で海外においては、以前から中国メーカーは輸出と現地ブランドの買収を通じたシェア獲得に努めてきました。『香港経済日報』は、各社の盛衰は海外市場での成功にかかっているとの見方を伝えています。
美的、海爾、海信が海外事業の展開で先行
家電の輸出は足元で順調に伸びています。中国海関総署の統計統計によると、2024年1-8月の輸出額は666億2000万米ドルで、前年同期比14.7%増加しました。『香港経済日報』は、輸出増が続く背景には、欧州や北米、南米では家電の現地生産量が需要に追い付いておらず、輸出に依存する構造があるとの見方を示しました。
中国の家電業界では、美的グループと、ハイアール(海爾)グループ、ハイセンス(海信)グループ、グリー(格力)グループ、TCLグループが“ビッグ5”とされています。『香港経済日報』は14日、業界大手のなかでも美的集団、ハイアールグループの海爾智家(06690/600690)、ハイセンスグループの海信家電集団(00921/000921)の3社が海外事業展開で先行していると評価し、注目銘柄としました。
方正証券のリポートによると、各社家電部門の24年上半期売上高に占める海外の比率は海爾智家が52.0%、美的集団が41.9%、海信家電集団が32.6%でした。
日本や欧米のブランドを買収
なかでも海爾智家は早い時期にブランドのグローバル展開に乗り出しました。パナソニックは2011年、完全子会社化していた三洋電機の洗濯機、冷蔵庫事業をハイアールグループに売却すると発表しました。売却手続きは2012年に完了し、ハイアールは高機能洗濯機・冷蔵庫の「AQUA」という新ブランドを立ち上げました。現在、海爾智家は3つの自社ブランドに加え、海外で買収したAQUA、GEアプライアンシズ(米国)、Fisher & Paykel(ニュージーランド)、Candy(イタリア)の計7ブランドを展開しています。国信証券によれば、2023年の北米家電市場で海爾智家のシェアは12.1%と首位でした。
海爾(Haier)ブランドのエアコン (DZHフィナンシャルリサーチ)
美的集団は2016年に東芝の白物家電事業を買収しました。さらに、イタリアの空調設備メーカーCLIVET、米掃除機メーカーのEUREKA、ドイツ産業用ロボット大手のKUKAなどを相次いで傘下に収めています。海信家電集団も日本企業を買収しました。21年に自動車向け空調部品大手のサンデンホールディングス(現サンデン)の親会社となり、現在も「SANDEN」ブランドの自動車向け空調部品を手掛けています。18年にはスロベニア企業を買収し、同社が欧州で展開する「gorenje」と「ASkO」の2ブランドを取得しました。
中国企業の海外事業を巡っては、欧米とのあつれきが一段と目立つようになりました。例えば米国は、中国製の半導体や通信機器が安全保障上のリスクをはらむと主張しています。欧州連合(EU)は中国の電気自動車(EV)が中国政府の補助金を受け取っており、欧州企業に不公平な競争を仕掛けているとの理由で輸入規制を導入しました。鉄鋼などの素材についても、「中国の過剰な生産力が海外にあふれ出している」との批判があります。
民営企業が主役、それでもくすぶる政治リスク
今のところ、家電についてはこうした摩擦は先鋭化していないようです。東芝や三洋電機の例にあるように、中国企業は敵対的買収を仕掛けているわけではなく、もともと根付いていたブランドを受け継いだ上で立て直す戦略をとっています。また、中国の家電大手は中国政府が支配権を握る企業ではないことも、政治問題化しにくい要因でしょう。5大家電グループ企業のうち、香港・深セン重複上場の海信家電集団と深セン上場の珠海格力電器にはそれぞれ青島市政府系企業と珠海市政府系企業が出資していますが、中央政府が管轄する国有企業(中央企業と呼ばれます)の支配は受けていません。香港・上海重複上場の海爾智家、香港・深セン重複上場の美的集団、香港上場のTCLエレクトロニクス(01070)、深セン上場の広東TCL智慧家電(002668)はいずれも民営企業です。
それでも『香港経済日報』は9月14日、家電セクターのリスクとして、海外市場の需要縮小と並んで「政治的要因による関税引き上げ」を挙げました。この見方の背景にあるのは米大統領選挙でしょう。共和党候補のトランプ前大統領は中国製品に一律60%の関税をかけ、その他の国からの輸入品にも10%の関税を課す考えを明らかにしています。民主党候補のハリス副大統領が勝てば、安全保障リスクがある分野に絞って規制を強化するバイデン政権の政策を引き継ぎそうです。
ただ今後は、家電も安全保障リスクをはらむとする見解が広がらないとも限りません。人工知能(AI)を全面的に取り込んだ製品が近いうちに投入される可能性があるからです。中国政府はAI技術の安全性に関する審査制度を設けており、国家安全保障や公共秩序に与える影響についての評価を行います。2023年には国家インターネット情報弁公室(CAC)が生成AIに関する規制ガイドラインを発表しました。AIが生成するコンテンツが中国の法律、社会主義の価値観、国の安全保障に反していないか、目を光らせています。
中国の家電大手がAI機能を特徴とする製品を開発した場合、中国共産党の影響下にあるAIが搭載されているとの疑念が浮上する可能性があります。「例え民営企業であっても、中国の企業である限り中国共産党と政府の意向には逆らえない」という考えが欧米や日本などで強まれば、中国製AI家電が締め出される…投資家としてはこのようなシナリオにも留意しておいた方が良いでしょう。