中国株、あのテーマはどうなった?

第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」

トランプ再登板で米長期金利が上昇へ

最近、香港経済メディアに「もしトラ」投資戦略の記事が目立つようになりました。米大統領選でドナルド・トランプ氏が返り咲きを果たす可能性が高まったとの見方から、有望なセクターを物色しています。きっかけは、6月27日の討論会で現職バイデン氏の認知力への懸念が浮上したことです。


『香港経済日報』はトランプ再選が金融市場で引き起こす6つの事態として「米国のインフレが再燃し、国債利回り上昇」、「米ドル高」、「米株式相場は短期的に伸び悩むが、いずれ上昇」、「優良銘柄に最大の恩恵」、「商品価格が長期上昇」、「化石燃料の復活」を挙げました。


まず、「米国のインフレが再燃し、国債利回り上昇」の根拠は中国に対するトランプ氏の通商政策です。英調査会社キャピタル・エコノミクスは、トランプ政権が行った財政拡張と減税は株式相場の上昇要因となったが、同氏が再任された場合、株式相場に最も影響が大きい政策は対中関税だと分析しています。


中国に高関税、貿易摩擦が激化

トランプ氏は中国からの輸入品に60%、それ以外の国々からの輸入品に10%の高関税を課すと公言しています。実行すれば米国の輸入インフレを引き起こし、米連邦準備理事会(FRB)は利下げを延期するか、利上げに追い込まれる事態もあり得ます。キャピタル・エコノミクスは最新リポートで「トランプ再選が長期金利の指標である米国債利回りの上昇につながる」と述べました。シンガポール銀行も6月のリポートで、トランプ再選がインフレを再燃させ、FRBが利下げを取りやめるとの予測を明らかにしました。


トランプ氏が実際に高関税を導入すれば、貿易摩擦を劇化は避けられません。再びインフレ高進に直面した米国の金融政策が引き締めに転じ、世界経済の成長が鈍化すれば、安全資産としての米ドルの需要が高まるでしょう。これが「米ドル高」予想のロジックです。


キャピタル・エコノミクスの予測では、トランプ氏の関税政策は米国の国内総生産(GDP)を1.5%押し下げ、企業利益を圧迫します。一方で米議会がトランプ大統領の財政拡大策を支持する公算は小さく、米ドル高に伴う輸出品の価格上昇が株式相場の重荷になり得るとしました。


根強い株式相場の強気見通し、優良銘柄に恩恵

もっともキャピタル・エコノミクスは、2024年と2025年の株式相場が「結局は上昇する」との楽観的な見方を示しました。人工知能(AI)ブームが引き続き株式市場バブルを支える上、リスクフリーレート(国債など低リスクの金融商品の利回り)の上昇がGDPを下押しする効果に、バブルを崩壊させる威力はないとしています。


「優良銘柄に最大の恩恵」はモルガン・スタンレーが最新リポートで明らかにした見方です。実際、トランプ氏が最初に米大統領選で勝った2016年には小型株や景気循環株の上昇が目立ちました。しかしモルスタのアナリストは、今年は状況が異なるとして3点を指摘しました。 


第一に、先行経済指標が長期にわたって低下傾向にあり、証券市場は銘柄の質に注目し始めています。第二に、2015年の景気低迷後に発足したトランプ政権第1期では景気浮揚が最大の課題でしたが、今ではインフレ退治と財政支出抑制の政策が投資家から注目されています。第三に、トランプ氏が打ち出す移民制限や関税引き上げは経済成長の足を引っ張る可能性があります。


商品価格は上昇へ、保護主義台頭で供給網の断裂懸念

しかし、経済成長の鈍化見通しの下では、商品価格が「長期上昇」するロジックは成立しないように思えます。これについて、HSBCの商品担当チーフエコノミスト、ポール・ブロクサム氏は、トランプ氏が米大統領に復帰すれば商品市場の細分化が進んでサプライチェーンが断裂するからだと説明しました。「商品価格が構造的な供給制約によって高騰しているところに、地政学上のリスクが強まっている。世界的な保護貿易主義の台頭、あるいはその過程で発生する異変が商品市場の分裂リスクを高め、供給網の断裂を引き起こし、商品価格を押し上げるだろう」と同氏は述べました。


HSBCは5月の統計モデルリポートで、地政学リスクに気候変動、エネルギー構造転換が重なり、世界の1次産品市場は非常に引き締まった状態にあると指摘。商品価格が以前の水準に戻る可能性は低く、むしろ「恒久的に上昇」するとの見方を示しました。その上で、エネルギー構造転換に関わる銅の大手が恩恵を受けると予想しています。銅は再生可能エネルギー設備や電気自動車(EV)などに使われるので、需要逼迫見通しを背景に価格が上昇するとの観測が成り立つからです。


中国の金・銅鉱大手、紫金鉱業集団(02899)のスマホサイト <AAストックス>



どちらが勝っても金融サービスは「買い」

では、以上の想定が実現するとして、どこへ投資すべきでしょうか。『香港経済日報』でUBSが示した答えは、「金融サービス業」と「金」です。


「大統領選でどちらが勝つにせよ、金融サービス業は推奨セクター」とUBSは最新リポートで述べました。トランプが勝てば政府の規制が緩和され、バイデン再選でも金融サービス業にはネガティブな影響は全くないという見立てです。


金は言わずと知れた安全資産です。インフレや財政悪化、国際社会の分断を背景に基軸通貨ドルの強さが揺らげば、投資マネーは金に逃避するでしょう。UBSは中央銀行の動きが金価格を押し上げると予測しています。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、世界中で金の需要が増加しており、中央銀行の29%が今後12カ月以内に金を購入する予定だといいます。


中国の証券最大手、中信証券もトランプ氏が勝利すれば金融サービスに政策の追い風が吹くとの見方を示しました。さらに、ハイテク産業と従来型エネルギー産業が恩恵を受けると予想しています。


英金融大手HSBC(00005)の香港本店 <AAストックス>



「もしトラ」に代わる「まさかの〇〇」!?

米メディアの論調を見る限り、「もしトラ」から“もし”が外れそうな勢いが感じられます。ただ、米大統領選を巡る不確定要素はむしろ増えたかもしれません。先ごろの討論会ですっかり旗色が悪くなったバイデン氏に対し、与党・米民主党から選挙戦からの撤退要求が出始めました。民主党の候補が交代する「まさかの〇〇」があれば、選挙戦の盤面がひっくり返ります。


米『ニューヨーク・タイムズ』は討論会翌日の6月28日、有力な差し替え候補を挙げました。カマラ・ハリス副大統領、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事、ミシガン州のグレッチェン・ウィットマー知事、イリノイ州のJ・B・プリツカー知事、ペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ知事の5人です。


先の討論会を経てトランプ氏が優位に立った主な理由は、政策の優劣ではなくテレビやSNSを通じて米有権者が目にしたバイデン氏の立ち居振る舞いでした。事の良しあしはさておき、候補者の「見た目」が選挙結果を大きく左右する要因になるという現実があります。この点、『ニューヨーク・タイムズ』が挙げた代替候補はそろって50歳代で、78歳のトランプ氏と比べて清新な印象を与えられそうです。これまでバイデン氏に向かっていた高齢批判をトランプ氏に切り返せるという利点もあります。


米メディアによると、米民主党は8月19-22日の党大会の前に大統領選の党候補に正式指名する計画です。仮にバイデン氏がいますぐ撤退を決意しても、新たな候補者選びにかけられる時間はそう長くはありません。それどころか民主党内が分裂し、かえってトランプ氏が有利に働く展開もあり得るでしょう。米『ニューヨーク・タイムズ』は7月8日、バイデン米大統領の主治医が1月にホワイトハウスでパーキンソン病の専門医と面会していたと報じました。訪問理由は不明となっていますが、バイデン撤退論を勢いづかせるのは間違いないでしょう。


この連載の一覧
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
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【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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