中国株、あのテーマはどうなった?

第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性

「まさかのハリス」、選挙戦は仕切り直し

前回の最後に、米大統領選で与党・民主党の候補が交代すれば「選挙戦の盤面がひっくり返ります」と書きましたが、2週間もたたないうちに実現してしまいました。現職のバイデン大統領が7月21日、再選出馬を断念すると表明しました。代わってカマラ・ハリス副大統領が民主党の候補者となりそうです。


共和党のトランプ氏が大統領に再登板する公算が大きいとみていた香港の市場関係者は、投資戦略の見直しを余儀なくされます。ところが困ったことに、不確定な要素が多すぎます。各メディアはトランプ、ハリスの両候補の政策を比較した上で、株式市場が受けそうな影響をあれこれと挙げますが、先ごろ市場を席巻した「トランプトレード」のような戦略は打ち出せず、「あらゆる事態に備えなければならない」とあいまいな結びになりがちです。


トランプ氏は自信満々も「高齢批判ブーメラン」にリスク

こうした反応は、「投資家は不確実性を嫌う」という証券市場の決まり文句通りといってよいでしょう。しかも、不確実性は二重構造になっています。


まず、トランプ氏とハリス氏のいずれが勝つのか、見極める手掛かりが不足しています。民主党が8月19-22日に開く全国大会でハリス氏が党候補の正式指名を受けることで大勢は固まりつつあるようですが、選挙戦のパートナーとなる副大統領候補が誰かは現時点では不透明です。一方、トランプ氏はハリス氏とのテレビ討論会を受けて立つ構えと伝わり、自信に満ちているようです。ただ、同氏が6月27日にバイデン大統領と行った討論会は、言いよどむ場面が目立ったバイデン氏が自滅する形でトランプ氏が勝利を収めました。検事出身で舌鋒鋭いハリス氏との対談では、トランプ氏の高齢が焦点として浮かび上がるリスクをはらんでいます。



「トランプノミクス」でインフレ高進の矛盾

仮にトランプ氏が選挙運動を通じて優位を固めていったとしても、次の不確実性が浮上します。香港の市場関係者にしてみれば、米大統領選にまつわる最大の関心は米ドル相場と米金利の行方です。香港を含む新興市場への資金流入を左右する要素だからです。問題は、トランプ氏が掲げる経済政策に矛盾があり、米ドルと米金利の先行きを予想するロジックを組み立てづらいことにあります。


『香港経済日報』は7月23日付の論説でトランプ氏の経済政策の要点として「高関税」、「国内の減税」、「金利の引き下げ」などを挙げました。実際、トランプ氏は6月25日、『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』のインタビューで、自身の経済政策の「トランプノミクス」とはすなわち低金利と低課税だと述べています。前回でも指摘しましたが、この政策を推し進めれば米国のインフレが再燃しそうです。米連邦準備理事会(FRB)が利下げを延期するか、利上げに追い込まれる事態さえあり得ます。


一方、トランプ氏支持者は、インフレ退治に取り組むよう期待しているはずです。トランプ氏は7月18日の共和党全国大会で行った大統領候補の指名受諾演説で、バイデン大統領について「我々はこの人のもとで最悪のインフレに見舞われた」と批判しました。


原油を掘りまくれば、インフレは抑えられる?

選挙に勝つための発言とはいえ、政策との矛盾は明らかです。もちろん、トランプ氏もこの点には気付いており、減税と高関税(つまり輸入物価の上昇)の下でもインフレは抑制できるという論理を指名受諾演説で展開しました。ポイントは石油の増産です。「エネルギーコストを下げることで、物流、製造、家庭用品のコストも下げる」「物価高の危機を終わらせる」と強調しました。化石燃料の増産を意味する「ドリル・ベイビー・ドリル(資源を掘りまくれ)」を主張し、バイデン政権の重要政策だった電気自動車(EV)普及を「就任初日に打ち切る」と断言しています。


トランプ氏が掲げるインフレ対策について、『香港経済日報』は成否を直接論評していません。ただ「エネルギー価格が抑えつけられ、商品市場は大きく変動するだろう。(バイデン政権による)現行の政策とは枠組みが大きく変わり、米株式相場と米債券相場、商品相場が政策転換リスクに直面する公算が大きい」との見方を示しました。



香港の期待は利下げと米ドル安、実現には疑問符も

同誌によれば、米国でインフレが進行しつつ、大統領に返り咲いたトランプ氏が力業で金利を低めに抑えてくれるなら、香港にとってはたいへん好ましい展開です。米ドル相場が下落するなか、投資家が資金を振り向ける先として出遅れ感が強い香港市場を選ぶ、という期待があるからです。


ただし、こんな都合の良い状況が実現すると信じ切っているわけではないようです。「トランプ氏が安い原油でインフレを抑えようとしても、石油輸出機構(OPEC)が協力しなければ効果はない。インフレが高進すれば、FRBに低利政策を実施させるのは難しい」と同誌は評しています。


この連載の一覧
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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