中国株、あのテーマはどうなった?

第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」

「新型都市化」は中国株式市場では息の長いテーマです。前首相の李克強氏が就任初年度の2013年に打ち出し、同氏の名前をとって「リコノミクス」と呼ばれた経済政策の一部とみなされていました。李氏は今年3月に退任しましたが、新型都市化は今も政策指針として掲げられています。ただし、異例の3期目に突入した習近平政権の下、オリジナルの形を維持しつつ新たな解釈が加わって位置付けが改まったようです。いわばシン「新型都市化」です。


習近平氏が打ち出す「共同富裕」との組み合わせ

中国共産党の習近平総書記(国家主席)は今春、広東省と陝西省を相次いで視察しました。中国の投資情報メディアは常に習氏の発言に耳をそばだてますが、今回のニュース見出しとして目立ったのは「新型都市化」。しかも、習氏が格差是正に掲げるスローガンの「共同富裕」と組み合わされて打ち出されたのです。


「県クラスの都市を重要な担い手とする新型都市化の建設を積極的に進める必要がある」。習氏は3月13日に視察先の広東省政府から政策報告を受けた際、こう語ったと新華社が伝えています。5月17日に陝西省を視察して現地政府の政策報告を受けたときも同じ発言がありました。この発言の前段として「社会主義現代国家を全面的に建設し、共同富裕をしっかりと推進する上で最も困難な任務は依然として農村にあり、都市と地方の格差を徐々に縮めなければならない」と強調しています。


李克強前首相はもともと「人を核心とする新型都市化」を掲げていました。これを「県クラスの都市を重要な担い手とする」という語句に入れ替えたところが注目点です。「人を核心とする」には、都市に在住する出稼ぎ農民が都市住民と同様に基本的な公共サービスを受けられるようにする、という意味が込められています。中国では農村戸籍と都市戸籍が分かれており、例え都市に移り住んでも農村戸籍のままでは医療衛生や社会保障、子女の就学などの面で都市戸籍の住民と同等の待遇が受けられません。ところが、戸籍制度の改革はいまだに道半ばで、農村に戸籍を持つ人が都市部に戸籍を移す「農業移転人口の市民化」は長年の課題として残り続けています。


県クラスの都市が重要な担い手

一方、「県クラスの都市を重要な担い手とする(中国語では「以県城為重要載体的」)とはどういう意味でしょうか。まず、「県城」とは中国の行政単位としては下位にある「県」の政府所在地を指します。つまり、最も小規模な部類の都市を主な舞台として新型都市化を進めよう、という政策です。


従来、「県クラスの都市を重要な担い手とする」という語句は新型都市化を推進する手段と位置付けられていました。中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁が今年5月、「県クラスの都市を重要な担い手とする都市化建設の推進に関する意見」と題する政策文書を発表しています。表題には「新型」の2文字が入らず、本文冒頭で「県クラスの都市はわが国の都市・農村体系の重要な組成部分であり、都市と郷村の融合発展のカギを握り、新型都市化建設の促進と新型の工業・農業、都市・農村関係を構築する上で重要な意義を持つ」と説明しています。


「意見」で目を引くのは、「都市戸籍への変更を制限する措置を県クラスの都市では全面的に取り消す」という措置が盛り込まれていることです。上海や広州などの大都市ではなく、小都市に農村からの人口移転を取り込んでいこう、という意図が見えます。習氏の発言は「意見」からさらに踏み込み、新型都市化は小規模な都市で推進するという政策の表明と言えるでしょう。


株式市場の関係者からすると、着目点が多い政策です。不動産不況が厳しい小都市で、住宅やインフラの整備が加速しそうです。中央政府は地方政府の過剰債務に目を光らせていますが、新型都市化の推進という大義名分があれば地方債の増発などによる資金調達がしやすくなるかもしれません。戸籍改革に伴う利害調整は小規模でも必要ですが、大都市と比べれば容易に実施できるでしょう。政策実施のモデル都市が選定され、該当地域に強い建設会社が株式市場でテーマ株としてはやされる展開がありそうです。


背景に都市と農村の格差

中国の改革開放の恩恵を受けて繁栄する都市と、繁栄の果実を十分に受け取れない農村の格差を埋めることは、習氏の政治信条と言ってよいでしょう。ただ、恩恵を受けた側の代表格である民営企業の経営者や、そうした企業の株式に投資する立場からすれば、成長より分配を優先する政策方針のように聞こえます。「富裕層から資産を取り上げて貧困層に分け与えるということか」と警戒されれば、民間投資が委縮しかねません。


そうした受け取り方を懸念した習政権が「共同富裕」の追求を一時棚上げしたのではないか、と思われたこともありました。今年3月の全国人民代表大会(全人代)で李克強氏が首相として最後に行った政府活動報告に「共同富裕」という文言が登場しなかったからです。ただ、習氏は全人代の閉幕演説で社会保障に触れ「全国民の共同富裕を促進する」と言明しています。


「県クラスの都市を重要な担い手とする新型都市化」を習氏が繰り返し強調したことで、新型都市化がリコノミクスではなく共同富裕の構成要素に転じたことが印象付けられました。いわば習氏のお墨付きを得た格好です。今後、関連当局から具体的な新型都市化の措置が打ち出されるか、市場の期待が高まっていきそうです。


交通渋滞やスラム化といった「都市病」の回避も新型都市化の重点

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第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
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第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
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第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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