中国株、あのテーマはどうなった?

【中国株、あのテーマはどうなった?】第12回「マカオのカジノ免許」既存6社が順当に当選、勝負はカジノ場外へ

株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第12回は「マカオのカジノ免許」です。


既存6社が免許を維持、不安を払拭


アジアの代表的なカジノ都市といえば、マカオです。ただ2020年以降、ギャンブルの都にかつてほどのきらびやかさがありません。新型コロナウイルス対策として中国当局がマカオへの入境を厳しく制限したあおりで客足が途絶え、カジノが営業停止に追い込まれた時期がありました。加えて、香港株式市場では2022年に更新期限を迎えるマカオの事業免許が不安材料とみなされ、カジノ株の重荷となっていました。


もっとも、結果から言って波乱はありませんでした。マカオ政府は22年12月、最大6社と決めていた免許を全て現在営業中の事業者に与えたのです。6社は2023年1月1日から10年間、引き続き免許を保持します(現行免許の期限は本来2022年6月でしたが、マカオ政府が23年末まで延長しました)。マレーシアのゲンティン・グループが新規参入に名乗りを上げたのですが、落選しました。


じわり進む中国政府による統制、改正カジノ法で監督強化

しかし「終わりよければ全て良し」ではありません。カジノ免許政策を巡って投資家が不安を覚えたのにはそれなりの根拠がありました。まず、カジノ経営法律制度(博彩法)の改正による統制強化です。


マカオ政府が21年9月に公表した博彩法の諮問案は、当時の香港株式市場にショックを与えました。運営会社に政府代表者を送り込み、マカオ在住者の株式保有比率を引き上げるなどの監督強化策が盛り込まれていたからです。「ジャンケット」と呼ばれるカジノ仲介業者の資格基準も厳格にしました。


もともと、カジノは中国政府の覚えが良いとは言えない業界です。ギャンブルを隠れ蓑にして、海外への資金移転やマネーロンダリング(資金洗浄)が行われていないか、当局は目を光らせています。ジャンケットの主力業務は富裕層がカジノで使う賭け金を貸し付けることですが、中国本土から違法に資金を持ち出したい顧客の手助けをしているとの疑惑がつきまといます。21年11月にはジャンケット業界の大物とされていた周シャク華(アルヴィン・チャウ)氏が、越境賭博や資金洗浄に関与した疑いで逮捕され、カジノ業界に衝撃が走りました。



悪夢のシナリオか、「中国政府が米系事業者を排除」?


中国と米国の対立がカジノにまで及ぶのではないか、という懸念も香港の市場関係者の間でくすぶりました。バイデン米政権は、安全保障上のリスクを理由に、米国での中国企業の事業展開や技術導入を制限する措置をいくつも打ち出しています。これに対抗して、中国が戦略的に重要な物資(例えばレアアース)の対米輸出を絞り込む、あるいは米国企業が中国で展開する事業を制限するなどの措置を講じれば、報復合戦がエスカレートしかねない・・・市場にとって悪夢のシナリオでしょう。


もっとも、「米中がカジノで対決」は杞憂に終わりました。カジノ事業免許を更新した6社のうち、サンズ・チャイナ(01928)、ウィン・マカオ(01128)、MGMチャイナ(02282)は香港証券取引所に上場していますが、親会社は米国企業です。残る3社はマカオ地場系で、うち銀河娯楽(00027)と澳門博彩控股(00880)は香港証券取引所で株式公開しています。やはりマカオ地場系のメルコリゾーツ&エンターテインメント(MLCO)は米ナスダック上場ですが、親会社のメルコ・インターナショナル(00200)が香港市場に上場しています。


来客回復が急務、最大の障害は「ゼロコロナ」


マカオ博彩監察協調局が発表する統計によると、2022年1-11月のカジノ収入は前年同期比50.9%減の387億1600万パタカでした。コロナ前の19年同期と比べると85.6%減っています。7月から10月にかけては、前年同月比の減少率が次第に縮小していたのですが、11月は55.6%減と再び大きく落ち込みました。免許問題が決着した後は、中国の「ゼロコロナ」政策がカジノの集客を阻む最大の要因です。





それでも、持ち直しの兆しが見えてきました。マカオ政府が12月6日、コロナ対策の規制を段階的に緩和する方針を明らかにしたのです。中国本土との出入境規制を緩和した後、香港との往来規制も緩和し、海外客の受け入れに向けて準備を進める予定です。


23年は「非カジノ事業」で勝負、利幅の薄さが難点


マカオにとって2023年は仕切り直しの年となりそうです。免許を維持した6社は、カジノでの違法行為をはびこらせない取り組みを強化するほか、ギャンブル以外の収入源の拡大や、マカオ経済への貢献を求められます。カジノ運営会社から統合型リゾート(IR)運営会社への脱皮を急がねばなりません。


そのため、マカオのカジノ各社は会議・展示会場(MICE)、ホテル、ショッピングモール、レストラン、劇場、映画館といった施設の拡充を競ってきました。今後はスポーツ施設やアミューズメントパーク、温泉などの導入が増えるかもしれません。


マカオ政府もカジノ免許の付与先を選ぶ際、カジノ以外の事業への投資を重視しました。選考委員会の委員長を務めた張永春法務長官は11月26日の会見で、審査にあたって「地元の雇用」や「インバウンド顧客の開拓」と並んで「非カジノ事業の成長」を特に考慮したと述べました。また、香港の証券会社はカジノセクターのバリュエーションで非カジノ事業を焦点の一つとしています。例えばJPモルガンは、サンズ・チャイナの非カジノ事業の成長潜在力が高いと評価し、「コンビクション・バイ」(強い買い推奨)に選定しました。


ただ、非カジノ事業に傾斜する経営戦略は長期的には正解だとしても、カジノ事業と比べると投資収益率が低いのが泣き所。経営資源の投入配分に占める非カジノ事業の比率をどこまで高めるのか、各業者の勝負の分かれ目になりそうです。

この連載の一覧
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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