中国株、あのテーマはどうなった?

第77回 中国映画:官民で描く国産作品の成長シナリオ

国産映画の興収シェア、25年は95.8%に上昇

中国の市場で映画が成長産業として注目されています。かつては海外の大作・名作が映画館の興業の目玉でしたが、今や国産映画が興行収入の大半を稼ぎ出すようになりました。中国メディア『証券時報』によると、2025年の中国の映画興行収入は5月14日までに255億3400万元となり、市場全体(266億4900万元)の95.8%に達しました。24年通年の市場シェアの78.7%から大幅に伸びています。


興行収入の伸び率をみても、全体が前年同期比28.9%増だった中で国産映画は48.1%増と突出しています。興行収入が1億元を超えた17作品のうち14本が国産映画で、ジャンルもアニメ、ドラマ、武侠、アクション、コメディーなど多岐にわたりました。なかでも25年1月29日に封切られた「ナタ 魔童の大暴れ」(ナタ2)は上映開始から2週間あまりで興行収入が100億元を超え、国内記録を塗り替えました。3週間後には、『インサイド・ヘッド2』(2024年、米ピクサー・アニメーション・スタジオ)を抜いて世界歴代興行収入1位のアニメーション映画となっています。


中国の映画界から世界的に高い評価を受ける映画の作り手も登場しています。5月24日に閉幕した第78回カンヌ国際映画祭で、中国の畢カン監督の新作『狂野時代(Resurrection)』が受賞しました。畢氏は2018年と2022年にも同映画祭にも長編・短編作品を出品しています。


トランプ関税、ハリウッドの中国事業に逆風

国産映画が急成長した背景には、優れた映像作家の台頭や製作陣が蓄えてきた技術があることはもちろんですが、中国の投資家や市場関係者は、政府が打ち出す振興政策や、関連企業がIP(知的財産権)を軸に映画を含めた多様なコンテンツを展開できるかに注目しています。


中国政府は国産映画を育成する観点から、上映する輸入映画の本数を制限してきました。輸入映画は2010年代後半に中国興行収入の4割前後を占めていましたが、20年以降は2割前後にとどまっています。しかも、米政府の関税政策によって輸入映画の地位低下に拍車がかかりそうです。中国の映画産業を管轄する国家電影局が5月10日、「米国映画の輸入本数を減らす」との報道官談話を発表しました。トランプ米政権が対中追加関税の税率を125%に引き上げたことを受けた対抗措置と説明しています。同日の米株式市場ではウォルト・ディズニーなど米映画大手の株価が大きく下げました。


中国当局は一方で、香港やマカオの映画業界に本土での事業展開を働きかけています。国家電影局は5月26日、「香港・マカオのサービス提供者による映画製作業務投資の管理規定」を通知しました。同規定の下、香港・マカオの事業者が資本参加する映画製作会社が、第一出品単位(主要出資者)として映画の企画と審査できるようになりました。


猫眼娯楽の映画チケット販売サイト(DZH Financial Research)


中国当局が映画鑑賞を補助、消費刺激に期待

国家電影局は映画を消費刺激策としても後押ししています。4月18日に同局は「中国電影消費年」の正式開幕式典を北京で開きました。国営新華社によると、映画鑑賞に連動する消費を促進する様々なキャンペーンが予定されており、鑑賞チケットの割引・補助などに10億元以上を投入する見通しです。中国4大商業銀行の中国工商銀行(01398)と中国建設銀行(00939)、クレジットカード事業の中国銀聯(ユニオンペイ)、映画チケットのオンライン販売を手掛ける猫眼娯楽(01896)などが協賛します。


映画関連企業のIP戦略を巡っては、アリババ集団(09988)傘下のアリババ・ピクチャーズ(01060)が展開するIP派生商品事業が香港市場で注目されています。深セン市場に上場する銘柄では、映画館運営会社大手の万達電影(002739)が5月13日、IP玩具メーカーの北京楽自天成文化発展(52TOYSデベロップメント)に1億4400万元を出資すると発表しました。万達電影は52TOYSとの資本事業提携を通じ、IP派生商品を開発することで映画興行以外の収益を伸ばす経営方針を明らかにしました。


52TOYSはこの連載の第67回でご紹介したポップマート(09992)の同業で、香港証券取引所への上場を目指しています。同月23日に公表された目論見書によると、52TOYSは「NOOK」や「猛獣匣(BEASTBOX)」などのIPを保有。さらに、2023年に公開された中国SF映画「流浪地球2」、日本のキャラクターである「クレヨンしんちゃん」、「ドラえもん」、「ハローキティ」、「ちいかわ」や、「アナと雪の女王」や「エイリアン」などのディズニー作品、「スーパーマン」などのワーナー・ブラザース作品、「ミニオンズ」などのユニバーサル作品などのIPライセンスを取得して主に中国本土で事業展開しています。


アリババ・ピクチャーズのスマホサイト (DZH Financial Research)


この連載の一覧
第77回 中国映画:官民で描く国産作品の成長シナリオ
第76回 中国本土の投資家が香港市場で買った銘柄トップ10
第75回 「国家隊」その3:対トランプ戦線に参画、中国株ETFを買い増し
第74回 銀髪経済:攻守一体の長寿ビジネス
第73回 全固体電池:車載開始は27年、30年に量産化へ
第72回 中国の家電 その2:DeepSeekがゲームチェンジャー
第71回 ヒューマノイド:2025年は量産元年
第70回 ディープシーク その2:米中プラットフォームが続々提供
第69回 ディープシーク:トランプ氏コメントがまともな理由
第68回 人民元の先安観が消えない理由
第67回 2025年の消費:若者がこだわる6つの新潮流
第66回 新中式飲食業:若者を引き付ける「ネオ中華」消費トレンド
第65回 中央政治局会議 その2:金融政策を「緩和」に転換
第64回 「氷雪経済」が熱い!25年に1兆元突破へ
第63回 中国製ゲーム:世界で勝負、先兵は孫悟空
第62回 観光業界: 25年は休日が2日増加、国内旅行ブーム到来か
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
第14回「中国の政策金利」人民銀の景気調節手段「LPR」を読み解こう
【中国株、あのテーマはどうなった?】第13回「国産旅客機」苦節15年、来春にも商業運航へ
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【中国株、あのテーマはどうなった?】第7回「国有企業改革」(その1)
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【中国株、あのテーマはどうなった?】第5回「半導体の国産化」(その1) 国策を脅かす前門の米国、後門の腐敗
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【中国株、あのテーマはどうなった?】第3回 香港に取って代わるか、海南島「自由貿易港」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第2回 株式市場となじみきれない「軍民融合」
【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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