中国株、あのテーマはどうなった?

第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」

結婚披露宴の定番、ライバルはミルクティー?

中国では国慶節(10月1日)の連休中に数多くの結婚式が開かれます。披露宴で高級酒をふるまうのが伝統的なスタイル。なかでも中国伝統の蒸留酒「白酒」が定番となっており、消費量が酒造業界の景気を占う指標となっています。


日本であれば一斉に乾杯した後は参加者がそれぞれのペースでどうぞ、となるところですが、中国では互いに酒を勧め、延々と祝杯を挙げる「敬酒」の習慣があります。アルコール度が高い白酒であってもミニグラスで一気に飲み干すのが礼儀とされ、下戸には試練の場になることもしばしばといいます。


ただ中国メディアによると、結婚式の主役である若年層は酒席を避けたがる傾向があり、「白酒の代わりにミルクティーで乾杯するカップルが珍しくない」と伝えています。


“ミルクティー”と書きましたが、日本語でイメージするミルクを入れた紅茶とは異なります。紅茶だけでなくウーロン茶や緑茶をベースにクリームを入れ、お好みでタピオカや果物をトッピングします。SNS映えするとして若者の支持を集め、大手チェーンの四川百茶百道実業(02555)や奈雪の茶(02150)はそれぞれ2020年、2021年に香港市場に上場しています。


中国メディア『36kr』の記事は、白酒が中国の若年層から選ばれない飲み物になってきた理由を2つ挙げています。一つは健康志向、もう一つは価格です。高級な白酒なら1本500-600元が相場ですが、ミルクティーなら1杯10元強で済みます。


高価で入手に一苦労の「飛天茅台」

白酒は欧米におけるワインのように生産量が限られたブランドが珍重され、中国では投資商品の一つです。銘酒が高値で取引され、偽物まで登場する事態となっています。結果、資産家の家族でもない限り、若者には手の届かない品になってしまいました。



例えば『36kr』によると、今年7月に浙江省で就職した周揚さんは白酒を買った経験がありませんでしたが、「仕事上の都合」で業界最大手の貴州茅台酒(600519)の代表的な白酒「飛天茅台」を手に入れようと決めました。ところが地元の直営店に行ってみると、店員は「予約がないと売れない」の一点張り。


そこで周揚さんは店員の勧めに従い貴州茅台酒のアプリをダウンロードし、アリババ集団(09988)やJDドットコム(09618)、ネットイース(09999)などのプラットフォームを通じて予約すれば、「飛天茅台」を販売指導価格の1499元で買えると知りました。


ところが、家族総出で各プラットフォームのタイムセールに毎日アクセスしますが、1カ月以上たっても1本も買えません。仕方なく周揚さんは友人に教えてもらった酒・たばこ取引業者の店に赴きますが、そこでさらに失望することになります。業者の提示価格は1本2480元。ネットのニュースでは「飛天茅台」の相場が下がり続け、買取価格が2100元に落ち込んだ地域もあると伝わっていたのに…しかも、酒瓶に抜き取りなどの不正な細工がないかを調べるX線検査機の使用料として1本20元を業者に支払う羽目になったそうです。


中国で「00後」と呼ばれる2000年以降に生まれた若者は、クーポンを配り、商品の返品や交換に応じるネット通販プラットフォームに慣れ親しんでいます。商店で居丈高な対応(モノ不足だったかつての中国では日常風景でした)に出くわした経験があまりありません。『36kr』は「金を払って茅台を買うのに不当な扱いを受けるようでは、若者の酒離れがますます進むのも無理はない」と警告しました。


9月終盤に白酒株が急騰、今後の値動きは政策が左右

もっとも株式市場に目を転じると、足元で全く異なる光景が展開しています。中国株式相場の急伸に伴い、低迷していた白酒セクターが9月末にかけて買いを集めました。『証券時報網』によれば、多数の若年が新たに証券取引口座を開設しており、証券会社には「いまから白酒株を買うのでは遅すぎるか?」という問い合わせが相次いだといいます。白酒は飲みたいと思わないが、白酒株は欲しいようです。


『36kr』によると、白酒は2021年初頭、新エネルギーと並んで投資家の人気が高いセクターでした。しかし景気減速が長引くとアンダーパフォームするようになります。2024年6月には、上海市場で貴州茅台酒の時価総額が中国4大商業銀行の一角である中国工商銀行に抜かれ、約4年ぶりに首位から陥落したと伝わりました。





白酒業界の経営環境は全体として厳しく、中国酒業協会が発表した「2024年中国白酒市場中期研究報告」によると、業界企業の80%が市場の冷え込みを感じています。最も経営が苦しいのは卸売り・小売り業者で、協会のアンケートに60%以上が在庫の増加に直面し、30%以上が資金繰りに苦しんでいると答えました。


半面、大手メーカーの業績は堅調です。貴州茅台酒の2024年6月中間決算は売上高が前年同期比17.6%増の834億5100万元、純利益は15.9%増の416億9600万元。宜賓五糧液(000858)は売上高が前年同期比11.3%増の506億4800万元、純利益は11.9%増の190億5700万元でした。瀘州老窖(000568)、安徽古井貢酒(000596/200596)も2桁増収増益でした。


瀘州老窖の白酒



中国の証券各社は9月末にかけて発表したリポートで、白酒セクターのバリュエーションを見直しています。化各社に共通しているのは、今後の株価動向は「当局が打ち出す具体的な景気刺激策に左右される」という見方です。中国指導部はかねてから、内需主導の景気回復を目指す考えを示してきました。また、特に高等教育を受けた若年層の就職支援にも力を入れると表明しています。白酒セクターの株価推移は、中国の経済政策に対する株式市場の評価を図るバロメーターの一つとして注目されそうです。

この連載の一覧
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
第48回 「肥満症薬」:先発薬の特許切れにらみ、国内企業が参入ラッシュ
第47回 「国家隊」その2:異例の香港入場、6月に中央企業指数ETFを買い入れ
第46回 「水素サプライチェーン」:2025年にFCV5万台、業界は振興策を要望
第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
第15回「半導体の国産化」(その3) 腐敗は一掃、戦略を再設計へ
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【中国株、あのテーマはどうなった?】第1回 「一帯一路」の行方

中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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