中国株、あのテーマはどうなった?

第70回 ディープシーク その2:米中プラットフォームが続々提供

テンセント、アリババ、百度、JDがサービス開始


中国と米国のインターネット企業が相次いで、同国の人工知能(AI)研究会社DeepSeek(ディープシーク)が開発した大規模言語モデルを利用できるサービスを始めました。


香港経済紙『信報』によると、中国インターネットサービス大手のテンセント(00700)のクラウド事業部門「テンセントクラウド(騰訊雲)」は、2日にDeepSeekモデルの提供を開始。3日にアリババ集団(09988)の「アリババクラウド(阿里雲)」と、百度(09888)の「百度AIクラウド(百度智能雲)」が続きました。JDドットコム(09618)のクラウド部門「JDクラウド(京東雲)」も4日に追随しました。


百度AIクラウドは「千帆プラットフォーム」 上で「DeepSeek-R1」と「DeepSeek-V3」の2モデルを提供し、超低価格プランや期間限定の無料サービスを展開しています。「ユーザーが安全かつ安定した環境でインテリジェントアプリケーションを構築できるよう支援する」とうたっています。


アリババクラウドも「PAIモデルギャラリー」からDeepSeek-V3およびDeepSeek-R1をワンクリックで利用できるようにしています。ユーザーはコーディング不要でトレーニングからアレンジ、推論までの全プロセスを実施できるので、モデル開発のハードルを大きく引き下げられるとしています。


米プラットフォームもDeepSeekモデルを提供


米国企業もクラウド上でAIを開発・利用できるサービスのメニューにDeepSeekモデルを加えています。『信報』によると、すでに米アマゾンのアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)や米マイクロソフトの「Azure(アジュール)」、半導体大手の米エヌビディアがDeepSeek-R1を提供しています。


米国にしても、中国にしてもインターネット事業を手掛けるテック大手はそれぞれ自社開発の大規模言語モデルを構築してAI開発者に提供しています。低価格を武器に台頭したDeepSeekをサービスメニューに加えるのは一見すると「敵に塩を送る」行為に見えます。


しかし、AIサービスの利用料金が低下しても、AI活用が広がればクラウドやアプリの利用が増えますから、結局はインターネット・プラットフォーマー業務を手掛けるテック大手の収益拡大につながるという思惑があるようです。


前回ご紹介した通り、DeepSeek-R1は「オープンソース」で提供されており、誰でも利用できるのはもちろん、複製・改変・再配布が認められています。加えて、開発元の杭州深度求索人工智能基礎技術研究(英文社名はDeepSeek)は社名に示す通り、現時点では基礎研究に専念しています。テック大手にすれば、当面はAI事業の収益化で先行されないとみなされているのかもしれません。


米国はDeepSeekを容認したのか


もっとも、DeepSeekの今後が風満帆とは限りません。まず、半導体のように米国によって安全保障上の脅威とみなされる可能性があります。確かに、米テック大手の幹部によるDeepSeekへの評価はこれまでのところ表面的にはおおむね肯定的ですし、トランプ米大統領も1月27日、DeepSeekの登場について「たいへんポジティブな発展だ」と述べました。


しかし、DeepSeekが米オープンAIのデータを不正利用した疑いも浮上しています。ブルームバーグ通信は1月28日、オープンAIが提携先のマイクロソフトや米当局と連携して調査を進めていると報じました。


勢いづく中国のAIスタートアップ


月之暗面科技(Moonshot AI)のスマートフォン公式サイト


DeepSeekにとって、もう一つの潜在的な脅威は、ほかの中国AI企業との競争激化です。DeepSeekの台頭は一部の中国メディアとSNSユーザーから「米国によるAI支配を打破する快挙」ともてはやされたようですが、同時にAI開発を手掛ける国内のライバルを勢いづかせました。米国による半導体規制の下でも、工夫次第で世界的な競争力を持つAIモデルの構築は可能だとDeepSeekが実証した形になったからです。


例えば第40回でご紹介した月之暗面科技(Moonshot AI)は1月20日、大規模言語モデル「Kimi k1.5」を公開しました。DeepSeek-R1に遅れること数時間後という公開タイミングは、「負けていられない」という意気込みの表れでしょうか。DeepSeek-R1と同様に、性能指標は「OpenAI o1」と同程度だとしています。

この連載の一覧
第70回 ディープシーク その2:米中プラットフォームが続々提供
第69回 ディープシーク:トランプ氏コメントがまともな理由
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第66回 新中式飲食業:若者を引き付ける「ネオ中華」消費トレンド
第65回 中央政治局会議 その2:金融政策を「緩和」に転換
第64回 「氷雪経済」が熱い!25年に1兆元突破へ
第63回 中国製ゲーム:世界で勝負、先兵は孫悟空
第62回 観光業界: 25年は休日が2日増加、国内旅行ブーム到来か
第61回 鉄鋼業界:経営統合に再点火、業界団体が政策主導を要望
第60回 少子化:「出産・育児しやすい社会」目指す総合措置を発表
第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ
第58回 伝統の「白酒」:ネット世代は「飲まずに投資」
第57回 中央政治局会議:市場が大歓迎した「3つの異例」
第56回 名月も陰る中国景気、月餅も「お手頃価格」が主流
第55回 中国の家電:勝負の分かれ目は海外、ブランドを世界展開
第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか
第53回 「高配当株」その2:香港市場、主役はバリュー株に交代か
第52回 中国の金融政策:大胆な利下げに踏み出せない事情
第51回 250日移動平均:香港市場に帰ってきた「ベア」
第50回 米大統領選:香港の投資家を悩ます二重の不確実性
第49回 香港市場の「もしトラ」:米インフレ再燃を予想、金融セクターに「買い」
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第45回 「不動産発展の新モデル」その4:地方政府の住宅在庫買い取り、人民銀が支援
第44回 「高配当株」:中国ならではの買われる理由
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
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第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
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第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
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第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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