中国株、あのテーマはどうなった?

第59回 自動運転業界、「スパイ活動疑惑」にヒヤリ

国家安全部「海外企業が違法な測量・地図作成」

自動運転技術は中国政府が「時代の成長をけん引する原動力」として振興に力を入れる分野の一つで、注目度が高い投資テーマです。実際、市中を運転手なしで営業走行する「ロボタクシー」の実用化で先行するなど、成果も上がっています。意気軒高な業界のはずですが、それでも先週は、当局の動きにひやりとさせられた業界関係者は少なくなかったように思います。スパイ活動の摘発を担う国家安全部が、「海外企業が違法な地図データを入手していた」と発表したからです。


同部の「微信」(テンセントの対話アプリ、海外での名称はウィーチャット)公式アカウントに16日、次に示す内容の投稿がありました。


「国家安全機関の調査により、中国本土外の企業であるA社が、中国で測量・地図作成の資格を有するB社と協力し、自動車インテリジェント運転の研究の実施を隠れ蓑に我が国で違法に地理情報の測量・地図作成活動を行っていたことが判明した。A社は某国の重要な機微分野のプロジェクトを請け負う業者であり、測量地図法の規定に基づいて中国で地理情報の測量と地図作成の活動を単独で実施する資格を持たないことが、国家安全機関の調べで分かった。同社は我が国の業界管轄当局の監督を避ける目的で、自動車インテリジェント運転に関する研究を理由にプロジェクトを何度も外部委託し、最終的に測量と地図作成の資格を有する国内企業のB社にその実施を委託した。経済的利益の誘惑に駆られたB 社はA 社の操り人形となり、B社が持つ測量・地図作成資格はA 社が中国本土で測量・地図データを違法に入手する隠れ蓑になった。」



ネットで過熱する犯人捜し、テスラなどが関与否定

高精度の3次元地図は自動運転の重要な要素技術です。地図作成の基になる測量データは、中国に限った話ではありませんが安全保障に関わりが深い情報とみなされますから、中国の安全保障当局が神経をとがらせるのは意外ではありません。ただ、国家安全部が社名の公表を避けたことで、A社とB社の正体を巡る憶測がネット上で飛び交うという副作用が広がります。


中国で自動運転技術や地図作成を手掛ける企業は、ネットの風評に対する対応を迫られました。いち早く反応したのはソーシャルメディアで”有力容疑者“扱いを受けた米テスラです。同社で大中華圏を担当する陶琳グローバル副総裁が16日夜、公式ブログで国家安全部の発表を引用し、「コンプライアンスこそが企業経営のボトムラインだ」と書き込みました。17日未明にはイスラエルの自動運転システム開発会社モービルアイ・グローバルが「わが社は全ての法律・法規を厳守しており、それによって業務展開が高い水準のコンプライアンス準拠を確保している」との声明を発表しました。


モービルアイと業務提携する浙江吉利控股集団も傘下の電気自動車ブランド「ZEEKR」の関与を否定しました。同社の楊学良・高級副総裁が17日、中国安全部の発表について「ZEEKRとは無関係で、ZEEKRの提携パートナーのことでもない。流言は智者に止まる」と微信に投稿し、風評被害への警戒をあらわにしました。


中国企業ではほかに、アリババ集団(09988)クラウド事業部門の「アリババクラウド(阿里雲)」や、独BMWなど海外大手自動車メーカーと取引がある北京四維図新科技(002405)も関与否定の声明を出しています。



株価への影響は限定的

もっとも、ネットの風評には各社の株価を大きく下落させる威力はなかったようです。深セン証券取引所に上場する北京四維図新科技は16日に1.65%下げたものの、17日に2.27%高、18日に8.56%高と続伸しています。米市場でも、ZEEKRを手掛けるジーカー・インテリジェント・テクノロジー・ホールディングの株価は同期間に大きく変動していません。テスラ、モービルアイ・グローバルも同様です。


国家安全部の微信公式アカウントは今年7月31日に開設されました。翌日の初投稿は「防諜(ぼうちょう)には全社会の動員が必要だ!」と題し、「スパイ活動は高度に隠蔽された重大な犯罪行為であり、国家安全機関が対スパイ専門機関の役割を果たすだけでなく、人民群衆の広範な参与と共同防犯も必要とされる」と呼びかけました。同アカウントを通じ、ワンクリックで「国家安全機関通報受理プラットフォーム」にアクセスできるようになっています。


自動運転業界に波紋を呼んだ今回の投稿は、工業情報化部などが主催する「2024世界智能網聯汽車大会(World Intelligent Connected Vehicles Conference)」(北京市、10月17-19日)の開幕前日でした。このタイミングに意味があったのかは、判然としません。10月22日の時点で中国当局から追加の発表は見当たらず、どの企業に対する法的処置がどのように行われるのかが明らかになるまで、関係者は気をもむことになりそうです。


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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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