中国株、あのテーマはどうなった?

【中国株、あのテーマはどうなった?】第5回「半導体の国産化」(その1) 国策を脅かす前門の米国、後門の腐敗

株式市場には、はやされるテーマがあるものです。花火のように打ちあがったと思ったらすぐに忘れられたテーマがあるかと思えば、もはや定番となった息の長いテーマもあります。この連載では、中国市場ならではの投資テーマを取り上げ、どこから来てどこへ行くのかをご紹介していきます。第5回は「半導体の国産化」その1です。


中国の半導体業界に激震、当局が国策会社の幹部を拘束

高性能の半導体を製造する産業チェーンを自国内に確立する…「半導体の国産化」はそんな中国指導部の決意が込められたテーマです。単なる基幹産業の振興策ではありません。ハイテク覇権を握る米国が繰り出す不当な技術規制(中国側の見方です)を跳ね返し、習近平政権が国家発展の戦略的な支えと位置付ける「科学技術の自国自強」を実現する、という国家戦略です。


ところが2022年の夏、中国半導体業界を激震が走ります。中国当局が業界大手の紫光集団の前会長、趙偉国氏を7月上旬に拘束したと伝わりました。中国メディア『財新』の7月25日付記事によると、趙氏の経営する企業と紫光集団系列企業の取引が不適切な利益移転にあたるとの容疑でした。ところが当局による摘発は趙氏ひとりにとどまらず、国策半導体ファンドの「国家集成電路産業投資基金」を通じて資金が不正流用された疑惑の構図が浮かび上がってきます。


7月だけでも、趙偉国氏に続いて国家集成電路産業投資基金の丁文武・総経理、同基金の資金管理を担う国家芯片大基金管理公司の路軍・元総裁、紫光集団のチョウ石京・元総裁など計6人が相次いで拘束されました。8月9日には、共産党中央規律検査委員会(中規委)と国家監察委員会が、国家芯片大基金管理公司の幹部3人を「規律違反の疑い」で調査していると発表しました。


市場関係者にとってさらに衝撃だったのは、中規委が9月16日、華芯投資管理の任凱・副総裁を重大な規律違反の疑いで調査していると発表したことです。任氏は中国半導体企業のSMIC(00981)や三安光電(600703)、江蘇長電科技(600584)の取締役を兼任しており、「上場企業にも腐敗摘発のメスが入った」と受け止められました


米国の規制攻勢は「国産品への切り替えに追い風」?

国家集成電路産業投資基金は2014年、中国財政部傘下の国家開発銀行などの出資で設立されました。投資規模は第1期が1400億元、第2期が2000億元に上り、中国では「大基金」が通称になるほどです。米国などから半導体の先端技術を取り入れることが難しい以上、自国産業の育成は喫緊の課題。「大基金」は資金面で課題に取り組む役割を任されたのです。ところが、巨額の資金を運用するプロジェクトが不正の温床となるのは残念ながら珍しいことではありません。中国も例外ではなく、半導体内製化に巨費をつぎ込んだところ、いわば予期せぬ水漏れで心柱が腐食する事態に陥った格好になりました。


一方、米政府は中国に対する半導体技術規制を一段と強化しています。10月7日には、米国企業が人工知能(AI)やスーパーコンピューターなどに使われる先端技術を中国に輸出する場合に許可取得を義務付けました。また、長江存儲科技(YMTC)などの中国の31法人を輸出に注意を要する「未検証者リスト(UVL)」に追加しました。米国の規制超過を受けて、香港の証言会社から「むしろ中国が半導体の国産化を加速する契機になる。長期的には、国産地プにプラスな要因だ」(交銀国際)との見方も出ています。ただ、当面は“前門の米国、後門の腐敗”という苦境が続きそうです。


ここにいたって、中国政府が掲げる半導体の自給率目標の達成が危ぶまれています。また、高度な製造装置や設計ツールの入手が困難になり、技術水準が思い描いていたほど向上しないという問題が強く意識されています。こうした点について、次回「半導体の国産化・その2」でご紹介する予定です。



この連載の一覧
第43回 「不動産発展の新モデル」その3:中国指導部、住宅在庫の消化策検討を指示
第42回 「国9条」:配当利回り重視の投資戦略に脚光、注目銘柄は国有企業
第41回 「啓航企業」:国有企業のゆりかごでユニコーンは育つか
第40回 「kimi」:市場を沸かせる中国ユニコーンの生成AI
第39回 「不動産発展の新モデル」その2:痛みを伴う改革に踏み込めるか
第38回 期待は高い「低空経済」:eVTOL離陸に投資家も浮き立つ
第37回 「洋上風力発電」:低迷を脱するか、行方は政策の風向き次第
第36回 「24年の香港IPO」: 地位回復に向け中国本土、米国と競り合い
第35回 「辰年の投資戦略」:一押しは日本株、A株市場には慎重
第34回 「美麗中国」:習近平氏肝いりの“生態文明”建設事業
第33回 内巻、寝そべり、潤学、献忠学:ネットに見える若者の本音
第32回 住宅神話と「発展の新モデル」: 待ったなし、中国不動産市場の構造改革
第31回 「十不青年」: 家を買わない中国の若者、投資にも興味なしか
第30回 「国家隊」:株式相場を「実弾」で支える官製チーム、その実力は?
第29回 「生成AI」:中国市場を制する一般向けサービスはどれか
第28回 資本市場の活性化と逆行する「IPO抑制」
第27回 消えた「房住不炒」、投資家を走らす
第26回 医薬品業界に嵐を呼ぶか「反腐敗」
第25回 「ハンセンテック指数」3周年を機に巻き返しなるか
第24回 地方歳入増の妙案になるか「城中村」の改造
第23回 中国通信株の未来を担う「工業インターネット」
第22回 「ハンセン指数」上昇シナリオ実現の根拠と条件
第21回 株式市場を揺るがす「人民元相場」
第20回 習近平氏の肝いり「郷村振興戦略」
第19回 習近平色に染まるシン「新型都市化」
第18回 上半期のネット通販王者を決める「618」開幕
第17回 中国の株式相場を動かす「中特估」とは?
第16回「医薬品ネット通販」アリババとJDがしのぎを削る成長市場
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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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