中国株、あのテーマはどうなった?

第54回 中国の金融政策 その2:なぜ中央銀行は独立しているべきなのか

中央銀行の立場について、米中で対照的な発言

今回のテーマは第52回に続き、中国の金融政策です。欧米や日本では、金融政策運営を政府から独立した中央銀行の中立的・専門的な判断に任せるべきと考えられています。しかし、これまで何度かご紹介してきた通り、中国人民銀行は国務院(内閣に相当)の下にある省庁の一つです。8月に入り、この違いを改めて際立たせる発言が米国と中国の双方から相次ぎました。


まずは米国のトランプ前大統領です。8日の記者会見で、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策決定に大統領が発言権を持つべきだと主張しました。「私は大金を稼ぎ、大成功を収めた。多くの場合においてFRB当局者や議長になるような人物よりも優れた直感を持っている」と、トランプ節は健在です。米共和党の副大統領候補のバンス上院議員も11日に米CNNでインタビューに応じ、トランプ氏に賛同した上で「大きな変革になるだろう」と述べました。こうなるとトランプ氏の発言は放言とばかりは言い切れず、FRBの独立性に関わる制度の変更に向けた布石かもしれません。


一方、中国国営新華社の15日付インタビュー記事によると、人民銀のトップである潘功勝行長は「金融政策における党中央の集中統一リーダーシップの下、金融政策の政治性と人民性を深く理解して中国の特色ある金融発展の道をしっかりと歩んでいく」と語りました。中国共産党のレトリックに彩られた言い回しですが、要は指導部の方針をより早く、着実に金融政策で実現するよう努めると表明したとご理解ください。



ニクソンの轍を踏む?選挙目当て利下げの誘惑

米民主党の大統領候補に指名されたハリス副大統領は10日、トランプ氏の主張に真っ向から反対しました。「まったく賛成できない。私が大統領になれば決してFRBに干渉しない」と記者団に断言しています。


しかし、なぜ米国では大統領が金融政策という経済運営の上で非常に重要な措置に関与すべきでないとされているのでしょうか?バンス上院議員は「選挙で国民の支持を得た政治家が参加できないのはおかしい」というロジックで現行のFRBの政策決定プロセスを批判しました。


この問題について経済学者のポール・クルーグマン氏は14日、米紙『ニューヨーク・タイムズ』に寄稿し、選挙を控えた大統領が無責任な金融緩和への誘惑にかられかねないからだ、と答えています。選挙に勝ちたい大統領が「金利を引き下げれば、結局はインフレの高進という形で経済上の代価を支払うことになりかねないが、それは後で対処すればよいこと」と考えるかもしれないというわけです。


同氏によれば、そう考えた米大統領は実在しました。ニクソン大統領は1971年から72年にかけて当時のバーンズFRB議長に金融緩和を迫ったといいます(ニクソン氏は72年11月の選挙で再選を果たしました)。クルーグマン氏の考えでは、バーンズ議長が大統領の圧力に屈したことが、その後に景気停滞とインフレが共存するスタグフレーションに突入する一因となりました。


西側諸国の前提「金融政策は乱用されやすい」

FRBは1977年の連邦準備改革法で政治との関係を整理しましたが、米憲法には選挙を経て就任した高官がマネーサプライに関与することを阻む明確な規定はありません。それでも、FRBの独立性を重視する伝統は今も生きています。


他の先進国でも、中央銀行の独立性を担保する制度が昔から整備されていたわけではありません。例えば英イングランド銀行は1997年まで実質的に財務省の一部に位置付けられていました。日本の場合、1998年の日本銀行法改正により、旧日本銀行法にあった政府の広範な監督権限が大幅に見直され、合法性のチェック(日本銀行の行動が法令等に反するものでないかどうかのチェック)に限定されました。


「政府が景気浮揚のために使える手段のうち、金融政策は最も簡単に使える。それだけに乱用されやすい」とクルーグマン氏は述べました。一般的に財政出動には予算編成と議会の同意が必要で、時間をかけて煩雑な手続き踏む必要があります。これは米国に限った話ではありません。野放図に通貨供給を拡大した挙句、ハイパーインフレーションに陥った例としてはベネズエラやトルコが挙げられるでしょう。両国とも制度上、大統領は数年に一度の選挙で勝たなければ権力を維持できません。日銀は中央銀行の独立性について「各国の歴史をみると、中央銀行には緩和的な金融政策運営を求める圧力がかかりやすいことが示されています」と公式サイトで説明しています。



中国の前提「指導者に誤りなし」

中国の特異性が浮かび上がるのはこの点です。西側諸国が言う意味での選挙が存在しないのですから、一般国民の歓心を買うために金融緩和を打ち出す理由がありません。さらに、第52回でご説明した通り、中国金融当局は金利、為替相場、海外との資本移動を制御するツールを持っており(窓口指導という非公式な手段もあります)、インフレーションをコントロールする手立ては日米欧よりはるかに豊富です。中国にからみれば、最高指導者が金融政策に干渉できないよう自らの手を縛る西側の制度は不合理でしょう。


逆に、中央銀行の独立性を守る国からすれば、中国の制度は政治権力が指導部に集中しチェック&バランスを欠いています。政府の部外から説明責任も追及されることもありません。問題は、こうした制度が指導者の無謬(むびゅう)を前提としていることです。指導者が定めた政策方針に誤りはなく、ましてや身勝手な決定を下すことなどあり得ません。指導部が掲げた目標が未達に終わるのは下部組織の怠慢や実施上の不手際が原因と説明されます。


日本の経験を振り返っても、行政・官僚組織から企業まで「無謬神話」がはびこる組織は、失策をごまかしつづける悪弊が堆積していきます。「間違いは許されない」と考えるあまり柔軟性を失い、自己変革を先送りするようになるからです。


一方、中国共産党は7月に開いた第20期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で、「改革のいっそうの全面深化、中国式現代化の推進に関する決定」を承認しました。「決定」には金融体制改革の深化も盛り込まれています。ただ、前段でご紹介した人民銀行長のインタビュー記事にある通り、改革によって中央銀行の独立性を高めるのではなく、むしろ党中央による指導をこれまで以上に堅持することになりそうです。決して間違わない指導者の下で改革を進める・・・これが「中国式現代化の推進」の要諦ということでしょうか。中央委員会は「今回決定した改革任務は2029年までに完成する」と表明しました。成否は5年後に明らかになります。


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中国株情報部

村山 広介

日本の出版社や外資系出版社に勤務したほか、シンガポールの邦字新聞社でビジネスニュース編集を経験。 2011年8月、T&Cフィナンシャルリサーチ(現・DZHフィナンシャルリサーチ)に入社。

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