中国政府が資本市場振興の基本政策を発表
資本市場の振興は中国政府が長年取り組んできた課題です。経済規模が大きい国なら構築に腐心して当然と言えますが、中国の場合は資本主義経済の主要インフラの一つである証券取引市場を社会主義体制にいかに組み込むか、という難しさがつきまといます。中国株を売買したい海外の投資家にとっても、どこまで中国当局が門戸を開いてくれるのか、規制を緩和するのかは大いに気になる所です。
中国政府は4月12日、資本市場振興の基本政策を明らかにしました。国務院(内閣に相当)が公表した「リスクコントロールの強化と資本市場の質の高い発展の促進に関する意見」がそれです。株式発行・上場の基準厳格化や違法行為の取り締まり強化、中長期資金の呼び込みなど9項目で構成されているので、「国9条」と呼ばれます。
実は「国9条」は2004年、2014年にも発表されており、今回がいわば3代目です。先代の14年版には「海外個人投資家による国内資本市場への直接投資と、国内個人の海外資本市場への直接投資を段階的に推進する」とういう方針が盛り込まれ、後に香港市場と中国本土市場の相互取引制度(ストックコネクト)が導入されました。ストックコネクトを通じ、日本を含めた海外の個人投資家が上海証券取引所や深セン証券取引所に上場しているA株を売買できるようになりました。
3代目「国9条」、目玉はリスクコントロールと監督強化
ただ、残念ながら3代目の国9条は規制緩和ではなく、監督強化が目立つ内容となっています。中国国営の新華社がまとめた要点は次の通りです。
1、資本市場の安定した健全な発展のために「5つの必須」を堅持。「5つの必須」とは、中国共産党による指導の堅持と強化、民衆のための金融という理念の実践、全面的な監督の強化と有効なリスク解消、市場化・法治化の原則の堅持、質の高い発展というテーマの把握を指す。
2、株式発行と上場の全工程における責任体制を強化し、発行・引き受け業務を厳格に管理。新規株式公開(IPO)と新規上場の基準を厳格化する。
3、上場企業の市場価値管理ガイダンスを制定。配当政策が優良な企業にインセンティブを与え、配当利回りを高める措置を講じる。
4、上場廃止によって投資家が被る損失の賠償・救済措置を導入。
5、証券ファンド業界の報酬・管理制度を改善。
6、相場を安定させる仕組みの構築。プログラム取引や高頻度取引の監督を強化する。極端な状況に対応する措置を改善。市場操縦や悪意のある空売りを厳重に取り締まる。
7、中長期資金の呼び込みに向け、保険会社が投資によって資金を運用しやすくなるよう政策環境を最適化する。
8、改革開放を一段と全面的に深化させ、質の高い生産力の発展を促進。資本市場の制度競争力を増強し、新産業・新業態・新技術の包容性を引き上げ、技術イノベーションとグリーン発展、国有資本・国有企業改革などの国家戦略を実施。中小企業と民営企業を大いに発展させる。
9、資本市場を支える法制度を整備。
正式名称で「リスクコントロールの強化と・・・」と銘打っているくらいですから当然ですが、とにかくリスクを抑え、市場価値を安定的に拡大させることで安心して長期投資できる市場を構築しよう、という意思が鮮明な印象です。資本市場の質を落としかねない企業はそもそも上場させず、投資対象としてふさわしくない上場企業は退出させ、創業者や大株主がネガティブな情報を開示しないまま持ち株を高値で売り抜けることを許さない、といった具合です。
配当性向が高い銘柄に買い、銀行セクターが人気
今回の国9条に対し、中国の投資家は「国有企業銘柄の買い」で反応しました。「配当政策が優良な企業にインセンティブを与え、配当利回りを高める措置を講じる」という方針が決め手の材料となりました。「国9条から最も恩恵を受けるのは配当性向が高いがバリュエーションが低い銘柄、すなわち国有企業だ」というロジックです。
中国の国有企業の存在感が大きい業界は金融、エネルギー、通信、交通・運輸などです。なかでも「国9条」テーマ株の代表格として注目されたのは中国工商銀行(01398/601398)や中国建設銀行(00939/601939)などの銀行株でした。経営の安定性という面で群を抜いていることが評価されたのはもちろんですが、魅力はやはり配当利回りです。
下の一覧表に示した通り、中国の中央企業(中央政府が管轄する国有企業)の傘下の上場企業のなかで、2021年から2023年の間に上海・深セン市場上場のA株の配当利回りが3%を超えたことがあるのは21社です(Wind調べ)。そのうち7社が銀行です。
「中特估」と重なる中央企業推し
実は、バリュエーション面からみて割安感がある銘柄のなかから配当利回りが高い銘柄を買う、という投資戦略は昨年から注目されており、国9条の発表がきっかけではありません。中国の投資情報メディア『券商中国』は4月15日、前週末に公表された国9条を手掛かりに「中特估」のテーマ株が大きく買われたと指摘し、2023年から目立っている配当利回り重視の流れにそった動きとの見方を伝えました。
「中特估」については、この連載の第17回(2023年5月17日)でご紹介しました。「中国特色估値体系」の略称で、「中国の特色あるバリュエーション体系」という意味です。つまり、中国ならではの事情を反映させた企業価値の評価方法、とお考え下さい。「中国独自のバリュエーションの下では、国有企業の企業評価が高まる」というロジックの下、当時も配当性向が高くてキャッシュフローも潤沢なのに、バリュエーションが低い国有企業が買いを集めました。
こうなると、「国9条」と「中特估」の背後には、中国指導部が株式投資の現状について抱いている観念があるという気がします。つまり、「中国の国有企業の実力、安定性、規模からすれば、長期保有されて当然であり、投資家が簡単に手放して良いはずはない。バリュエーションが不当に低い現状はおかしい」という発想が基になっているということです。
中国農業銀行の店舗
今後の焦点は具体的な措置の策定
おかしな現状になっている原因は、国有企業の長所を支える「中国の特色」を海外の投資家が理解していない(あるいは無視している)ことだ――。こう考えるならば、現状を改めるには中国の特色を備えたバリュエーション体系を構築すれば良いわけです。
一方、利益追求のために不当な行いに手を染める者が原因という考え方もあり得ます。例えば新規株式公開(IPO)を焦るあまり企業価値を過大評価させる起業家や投資銀行、経営の失敗を粉飾決算で隠そうとする経営者、リスクを顧みずに負債を膨らませて事業拡大と多角化に突っ走る民営企業、インサイダー取引、短期売買手法などです。これに対処するため、信賞必罰で臨むべきという決意が今回の新たな国9条という形で結実したと思えます。
「中国の特色あるバリュエーション体系」は証券業行政を管轄する中国証券監督管理委員会(CSRC)の易会満主席が2022年11月21日の講演で取り上げたことで注目を浴びるようになりましたが、これまでのところ中国当局は詳しい中身を明示していません。国9条にしても、指針と枠組みを示しただけで、効果を発揮するのは具体的な「配当利回りを高める措置」などが打ち出された後のことになります。現状では、2つのテーマが株式相場を押し上げる力はアナウンス効果にとどまっているという点に留意すべきでしょう。